純文学小説投稿サイト jyunbun 投稿小説番号014
『君と』
「有難う。」彼女のこの一言を忘れられなくて、時々僕は後ろ
を振り返る。そこに誰もいる筈はないのに・・・
紗江との出会いは高校生の頃、文化祭の実行委員の打ち合わ
せでの出来事だった。
「あの、ちょっといいですか?」
クラスが違う女子にいきなり話しかけられ困惑する僕。彼女
の顔立ちが整い綺麗で自分の頬が火照るのを感じ、慌てふため
く。
「・・・うん、何?」
必死になって冷静を取り繕う。
「あっ、私2-4の橋本って言います。今度私たちのクラスと
そちらのクラスの合同で出し物をやろうと思うんですが。今
度クラスの方でこの事を聞いといて貰えます?」
「OK。明日にでも聞いてみる。」
「じゃあ明日の昼休みに又ここの会議室に来てください。」
「分かった。」
彼女はそれを聞くと他の女子と共に廊下に出て行ってしまっ
た。
なんだか今までに会ったことのない生物に遭遇した、そんな
気持ちの昂ぶりが自分の中に在ったのをこの時は認めたくなかっ
たし、どこか恥ずかしかった。
僕はクラスの中でも真面目な部類に入る方で、今までの17
年間親や先生に従順に生きてきたし、それが1番賢い生き方だ
と思っていた。今は学歴よりも人格を社会は問うんだっていっ
ても、周りの、僕にとって従うべき存在はそれを良しとはしな
かった。
人一倍努力しないと人の上に立てない、というのが僕の父の
口癖だったがこの努力とはすなわち受験勉強、資格といったも
のと等号で結ばれる。
そんな僕だからこそ今まで自らを内へ内へと追いやり、今い
る県内有数の進学校へ入学を果たしてからも普段喋る友達はた
くさんいるものの、親友や彼女といった類のものができること
はなかった。
自意識過剰とかではなくて、容姿も人並みだったし、健全な
男子高校生のように異性にも興味はあった。でも、恋愛に時間
を費やすのは普通の学校の男子だという偏見があり、同じ高校
の付き合ってるやつを見ては軽蔑さえした。
お前は社会に出て人の上に立つんだという両親の言葉が常に
頭にあり、それが今の僕を支えるプライド・目標・自負といっ
たもの全て。