純文学小説投稿サイト jyunbun 投稿小説番号301
『風死す炎昼に馬鹿が笑う』
自宅を出ると――風が死んでいた。
「……」
あと数日もすれば九月に入るというのに燦々と差す太陽は未だ衰えを見せず、今日も今日とて精一杯に振り絞った熱い陽光を地に落としていた。
「……風死すか」
しかしたとえ生きていたとしても直向きな太陽の情熱は彼女をも焦がし、きっと熱いダンスでこの列島ホールを焼いていた事だろう。
「……」
右腕の時計が十三時一分と刻んでいる。
自宅を出てからまだ一分程しか経っていないのに既に私の項と額の表面には汗が粒を作りだし、着流している着物の中が体温と太陽熱により蒸されていた。
私は遅滞な速度で、自宅近くにある墓地の細いわき道を歩く。
歩く度、ざっ、ざっ、と、雪駄が乾いた音を経て加熱されたアスファルトの地面に擦れた。
「……」
ざっ、ざっ。
「ざっざっ」
それは少年の口で擬音となる。
「ざっざっ。……風情だね」
風情だろうか。いや、風情なのだろう。ああ、風情だ。そう思うなら。
「……少年、そんな所で寝転がっていては、道行く人の迷惑だぞ?」
暑さに茹だって気付かなかったが、私はいつの間にかわき道を抜けて墓地の本道に出ていた。本道と言っても然程幅のある道ではないのでその中心に大の字で寝転がられると迷惑至極。
「迷惑かな? ここ、あまり人来ないけど」
確かに人通りは少ない。この本道は私の居る側の墓地とその向かいの墓地に挟まれている。陰気、と言えば罰当たり者だと何処かの爺さん婆さんに叱咤されるであろうが……仕方ない、誰も好き好んで墓地に挟まれた細道など通りたくは無いのだ。
「人なら此処にいる」
好んでこの道を使う者。
「あ、そうか」
故に迷惑至極。
「少年、君は何故ここで寝転ぶ?」
「寝転がっているわけじゃない」
「寝転がっているではないか」
気持ち良さそうに真青な天を仰いで。
「倒れているのだ」
こちらを見もしない。
「同じだろう」
違いが有るとすればそこに自分の意志が有るか否か。しかしどちらにせよ道を塞がれた他者からすれば同じ事。
「塞いでないよ、僕の左右には十分な幅がある、二輪や歩行者は通れるだろう?」
「しかし車は通れん」
只でさえ車が通るには心許無い細道だ。二台がすれ違うのにも徐行或いは一時停止しなければならない場所の真ん中を占領するなど言語道断。
「それで良いんだ。これは八つ当たりだから」
「八つ当たり? 車に対してか?」
「ああ」
どこからか蝉の鳴き声が聞こえる。
「君は車が憎いのか?」
「別に憎くは無い。ただ駄々をこねてるだけだ」
「駄々? 八つ当たりではないのか? 意味がわからんな……何があった?」
「車に轢かれた」
蝉は、その命の声を静かに止めた。
「それで倒れているのか。救急車を呼ぼうか?」
見た所外傷は無さそうだ。血も流れてはいないし、四肢も定められた位置を確りと守っている。だが交通事故の場合、外の傷より内の傷の方が怖い。内臓を痛めてるかも知れないし、もしかしたら頭を打ってるかも知れない。素人目に判断出来ない事は専門家に頼むべきだろう。
「いや、いいよ。どこも痛くないし」
「今は痛くなくても後々どこかが痛み出すかも知れないぞ?」
むち打ちなどは症状が遅れて出て来る事が多い。むち打ち程度ならまだ良いが、頭を打っているなら脳内出血している可能性だって有る。
「ううん、大丈夫だと思うけどね。頭も打ってないし、そんなに強い衝撃じゃなかったから」
「強情だな」
「いや、我侭なのだ」
「同じだろう」
「ちょっと違う」
私の額から一滴の雫が地に落ちた。……暑い。
「それで、轢いた奴はどこへ行った? 逃げられたか?」
「うん」
だろうな。そうでなければ少年がここに一人倒れているわけが無い。助けを呼びに行っているのかも知れないが、被害者が、逃げられた、と云う認識をしているのならそうなのだろう。
「それで腹が立って駄々をこねているわけか」
「うん」
私は少年の横にしゃがみ込み、顔を覗いた。
「……何だよ、おっさんは野次馬か?」
少年はそこで漸く私を見た。
「騒いでもいないし、野次も飛ばして無い」
「じゃあ僕に興味があるのか?」
「誤解されるような言い方だな。別に興味など無いよ、ただ車に轢かれて駄々をこねている少年の表情が気になっただけだ」
「興味があるんじゃないか」
「好奇心だ」
「同じだろう」
「ちょっと違う」
どこかの蝉は再唱する。
「少年、君は何歳だ? 少年だと思っていたが、近くで見ると少し大人びた顔をしているな」
「九月の一日で十七歳だ」
「……少年ではなく青年だったか。これは失礼」
「別にいいよ」
十七歳。高校二年生。夏休みも終わりの頃に轢き逃げに合うとは何とも気の毒な事だな。
「うん? 九月一日? もう直ぐではないか」
「ああ、あと四日」
つくづく気の毒な事だ。これでもし身体に異変が出たら祝いどころではない。
「……やはり救急車を呼ぼう。きちんと検査してもらって無事に誕生日を迎えろ」
一年に一回の大切な記念日だ。どこぞの人でなしが崩して良いものじゃない。
「だからなんとも無いから大丈夫だって。問題なく迎えられるよ」
「本当に強情な奴だな」
「違う、我侭なのだ」
「わかったわかった。同じ事を繰り返すな」
「おっさんが悪い」
何故私が悪者にされなければならないのかわからないが、少年――もとい青年に病院に行く意思が無いのなら仕方ない。本当は無理強いしてでも連れて行くべきだろうが、私はこの青年を御す事は出来ない、と、そんな気がする。
「おっさんはいくつなんだ?」
青年はいつの間にか、また天を仰いでいた。
「歳か? 私は三十から二つ数えたところだ」
「三十二歳か。僕の倍だな。やっぱりおっさんだ」
「ああ、おっさんだ」
「そのおっさんは今何をしているんだ?」
「私は小説家を生業としている」
「……生業の話しじゃないよ。おっさんは今ここで何をしているかって聞いたんだ。おっさんの生業なんか興味ない」
憎たらしい奴め。それならそうと言え、わかり難い。
「買い出しの途中だ。娘に頼まれてな」
そう言って私は青年の頭が向いている道の先、目的地の方向に目配せした。したが、青年は相変わらず天を仰いだまま。
「娘がいるのか。いくつだ?」
「七歳だ」
「そうか」
「そうだ」
可愛い盛り、と誰しもが言う。毎回毎回会う度会う度繰り返し繰り返し。長い盛りだ。いつもこき使われている父としては憎たらしいだけである。
「何買って来いって?」
「プリンだ」
「……プッチンか?」
「……プッチンだ」
七歳の小娘に顎で使われる哀れな父。しかも暑さ極まるこの時刻に合わせ駄々をこねたところを見ると、きっと計画的な悪意だ。……考え過ぎか。
「仕方ない。子供は駄々をこねるものだからな」
「では君も子供と云う事だな」
「でっかい子供だ」
「迷惑至極」
子供は駄々をこねる。そうだな、それがきっと子供の感情表現のやり方なのだろう。上手く言葉を紡ぎ裏表のある薄汚れた感情を表現する大人に比べれば可愛いものだ。
「ところで、君は何故車に轢かれた? のろまなのか?」
この細道で速度を上げる者はいないだろう。現に轢かれたと言う青年がこうして外傷無く元気に喋っているのだから、青年を轢いた車も然程速度は出していなかった筈。
「子供がね」
また子供。
「……子供が急に飛び出したんだ」
「車がこの道を通っている際にか?」
「ああ。丁度ほら、おっさんがさっき歩いていたわき道があるだろう? そこからタイミング悪く飛び出してきた」
確かにあのわき道がこの本道に合流する所は墓地と、隣接する民家の塀で左右の見通しが悪い。背の低い子供なら視界はゼロだろう。
「それで、庇ったわけか」
子供を。
「ああ」
どうやら、青年もその時この本道を車が進んでいた方向から向かい合う様に歩いていたらしく、飛び出した子供を見た瞬間咄嗟に体が反応したらしい。
しかし、上手く子供を元のわき道側に弾き飛ばしたのは良いが肝心の自分は回避が間に合わず、轢かれてしまった、と云う事だ。
「おっさんの言う通り、僕は間抜けなのろまだね」
「間抜けは言ってないぞ」
のろまも訂正しよう。子供が飛び出した時に瞬時に判断して行動を起したならばのろまではない。
「それで、子供にも逃げられたか?」
「……この世界は可笑しいんだ」
「何?」
「子供はさ、その運転手と一緒に逃げたんだよ」
――ぽた。
また一滴、汗が額を伝い地に落ちた。
「……どう云う、意味だ?」
何故加害者と、もう少しで被害者になっていた子供が共に逃げるのだ。子供相手に口封じでもあるまい。まあ轢き逃げする様な外道だ、在り得なくもないか。
だが、真実は思いもよらぬものだった。
「その二人、実は親子だったんだ」
「……」
――唖然。
「まあ、正確にはわからないけど、その運転手――ああ、そいつは男だったんだが、子供がその男を見て、パパ、って呼んでいた」
「……」
――絶句。
「男はさ、すごく驚いていたよ。そりゃそうだ、轢きそうになったのが自分の子供だったんだから」
「……それで、轢いた君を置き去りに、自分の子供は車に乗せて、一緒に逃げたわけか」
「ああ」
……外道が。
「その車は速度があまり出てなかったから、轢かれて吹っ飛ばされてもそんなに痛くなかった。でもびっくりしちゃってさ、少しの間放心状態だったと思う。その隙に逃げられてしまった」
「ナンバーは?」
「見てない。車種も……車に詳しくないからわかんないな」
しかし、待て。青年の倒れている場所からその車はどうやって逃げた? 青年の横側には車が通れる程の隙間など空いていない。この細道では転回も不可能。と云う事は後退して逃げたのか?
「隙間は空いていたよ」
「何?」
「僕が吹き飛ばされた位置はここじゃない。その右側の墓地の道端だ。だから車は僕の横を通って、そのまま真直ぐ進んで逃げたよ」
「……では、君は轢かれてからわざわざ道の真ん中へ自分の意思で移動し、寝転がったと言うのか?」
わけがわからない。理解ができない。意味が不明。
「だから、僕は駄々をこねているんだよ」
――ああ、そうか。そう云う事か。
「青年、君は――」
「――僕は思う。この世界は可笑しいんだって」
でも駄目だ。青年、それは、駄目だ。
「……」
蝉は、その鳴き声をかがり火にして、自身の命が削れていっている事を事を私達に知らせた。
……私も、知らせなくては。この青年に。
「いや、世界が可笑しいんじゃない。可笑しいのは、人間、なんだよ」
「君は――」
「ずっと、ずっと前から思っていたんだ。いや、わかっていたんだ、僕は、人間が、嫌い、なんだ、って」
だが、私は何をかがり火にすればいい?
「同じクラスの子が酷いいじめにあっているんだ」
探せ。
「違うクラスの子が両親から酷い虐待を受けているんだ」
彼を導くかがり火を。
「下級生が先生から酷い体罰を与えられているんだ」
探せ。探し出せ。
「そして、その子達はもうこの世にいないんだ」
やめろ。もう少し待ってくれ。
「可笑しいだろ? 彼等は何も悪い事はしていないんだぞ? 罰ってのは罪を犯した人間に与えられるものじゃないのか? ……教えてくれ、彼らの罪とは何だ?」
罪は、罪は。
「教えてくれ、彼らの罰とは死ぬ事なのか?」
罰は、罰は。
答えろ。応えろ。早く、言葉を――彼に、言葉を……言、葉?
「もう、見たくない。もう、泣きたくない。もう、憎みたくない。もう、笑いたくない。だから、駄々をこねていたんだ。僕は、この世界に、駄々をこねていたんだ。ふざけるな! いい加減にしろ! 何で罪も無い人を傷つけて笑っているんだ! 何で自分の子供を甚振って笑っているんだ! 何で守ってやるべき生徒を殴りつけて笑っているんだ! 何で子供を助けてやったのに逃げるんだ! みんなみんな狂ってる! 気付きもしないで嗤ってる! もう嫌だ。もう沢山だ。みんなみんな消えてしまえ。でも消えないんだろう! 駄々をこねても変わらない。我侭言っても変わらない。もう、僕は笑えないよ」
「笑えるさ」
漸く見つけた。彼を導くかがり火を。
「笑えないよ。笑う奴しかいないから」
「君は笑える」
たった一つのかがり火を。
「笑えなくても良いんだ。僕はもう答えを見つけた。この汚れた世界を綺麗にする方法を」
「――死ぬ気だろ?」
「……ああ」
汚れた世界が変わらないなら、それを見る自分自身が消えれば良い。全ては無となり消えていく。……そう云う事だろう。
最初から、彼にとってはどうでも良かったんだ。車に轢かれた時に死のうが死ぬまいが。子供さえ救えたのなら、その先自分が死ぬ事になっても、そんな事どうでも良かったんだ。寧ろこのまま死ねば良い、と思っていたんだろう。だからこそ救急車を呼ばれたくなかった。このまま世界に駄々をこねながら死ぬのが自分にとっての最良の死だったのだから。
「……本当は轢かれた時、地面に強く後頭部を打ったんだ。凄く痛かった。頭蓋骨が割れて脳みそが漏れ出してるんじゃないかってくらい痛かった。ああ、ここで僕は死ぬんだな、自分で死ぬ手間が省けて良かった、って思った。でも、痛みは直ぐに消えて、触ってみても頭蓋骨は割れてないし、そもそも血も出ていなかった。これじゃあ死ねないって思ったら、何だか僕を轢いた奴に凄く腹が立った。腹が立ったから何が何でも死んでやる! って思ったんだ」
「……それで?」
「それで、道の真ん中に寝転がってやった。血は出てなくても、もしかしたら内部では出血してるかも知れない、そしてらいずれ死ぬだろうって。もしそれで駄目でも、ずっとここに寝転がっていれば熱中症や脱水症状になって死ぬだろうって思った。それで、本当にここで死ねたら、僕を轢いて放置したあいつに与えられる罰は大きくなるだろう、ざまあみろって、そう考えたんだ」
だが、彼はここで死ななくても、いずれ死んでいただろう。自分で自分を殺して。
だから――
「それは八つ当たりだ」
「うん。最初に言ったよね? これは八つ当たりだって。他の車に対してじゃない。あいつの所為にして死ぬ為の八つ当たり。本当は駄々をこねてすらいなかったんだ」
さあ、ここからだ。
「そして、暫く経った頃に雪駄の擦れる音が聞こえたんだ。……ざっ、ざっ、てね」
――ざっ、ざっ。
私は立ち上がり、青年から少し後退した。
青年の全てが見渡せる位置。
「だからおっさん、僕の事は放っといて、さっさとプリンを買いに行けよ。娘が待ちわびているぞ?」
私は無表情で天を仰ぐ青年を見下し言った。
「……断る」
「何だって?」
青年は私の言葉に反応し、不思議な表情でこちらを見た。
「青年。君は正しい道筋に導かれなければならない」
「正しい道筋?」
「君の言う通り、世界は、いや、人間は可笑しな生き物だ。同じ群れである筈の仲間を傷つけ壊し命を奪う。全く愚かしい生き物だ。だが、そんな腐った奴が蔓延る群れの中にも、君みたいに命の理を知る者がいるんだ。その理を知るものこそ、生きて他の者にもその理を教えるべきだ」
「僕が何をしても、誰が何をしても、何も変わらないよ」
「変えれるものだけでいい。全てを望んだ事が、君のそもそもの間違いなんだ。全てを変えるなんて不可能なんだよ。個が全を得る事は出来ない。全とは個で出来ているのだからそれは当然だ。だから個は個にぶつかれば良い。少しずつ、君の瞬間で、君が思う様に、世界を変えていけ」
「……無理だ。一つを変えても、違う一つに変えた一つを消されてしまう。きっと永遠に続くぞ」
「なら永遠に変えていけ。消されても消されても、君が消えなければ何処かの誰かはきっと救われ続ける」
「……」
親に轢かれるところだった子供を救った様に、報われなくても、褒められなくても、君が変えた結果は残る。その子供は生きているのだから。
「これはかがり火だ」
「……かがり火?」
「間違えた君の道筋を、正しい方へ誘うしるべ。君を生かすかがり火なのだ」
私が灯せる唯一の光。
「そのかがり火、とはなんだ?」
「――言葉さ」
漸く、見つけたのだ。言葉を生業とする私が、君を導く為に灯せる光。
「生きろ」
君が、他の迷子を導く為に。
「……笑えるかな?」
「ああ、いつだって笑えるさ」
簡単だ。
「わかった、もう少しだけ生きてみるよ」
「ああ」
「だけど、もしどんなに頑張っても笑う事が出来なかったら、その時は――」
「また私が導いてやる」
何度でも。永遠に。
「お節介だな」
「世話好きなのさ」
「同じだろう」
「ちょっと違う」
――ぽた。
青年の額から一滴の雫が地に落ちた。
「……今日は暑いな」
青年はよたよたと立ち上がった。
「ああ、暑い」
私は真青な天を仰いだ。
「風が無い」
「ああ、風死す、だ」
「でも、生きている」
「そう、生きている。君と同じ様に、今は迷っているだけだ」
「そうか」
「そうだ」
明日になれば、きっと舞い踊る。燦燦な太陽と、熱いダンスを。
「それにしても、喉が渇いた」
「青年、君は馬鹿だな」
「違う、馬鹿なだけだ」
「同じだろう」
「ああ、同じだ」
馬鹿と馬鹿は、正反対の方角へ歩き出した。
それから幾年後の夏、私の元に一冊の本が届いた。
それは私が書いた幾作目かの小説。
送り主の名前も住所にも見覚えはなく、その本以外は何も無い。
私は本を持ち、真昼の陽光差す縁側に座した。そして自身が書いたその小説を一ページ一ページ流す様に捲る。
稚拙な文章、後先考えてない構成、しつこく無意味な言い回し、題材を上手く御しきれず、振り回されて矛盾を孕んだまま仕上がった駄作。ページを捲る度に羞恥の発汗が身体に浮き上がる。だが私は捲り続ける。何かに、導かれる様に。
――笑っていろ。それが、人の在るべき姿なのだから――
……と、題材であり作品の結びでもある文章が書かれた最後のページに辿り着き、そこで見つけた。結びの文の横の空白に、手書きで加えられた、私を導くかがり火を。
私は立ち上がった。
「……」
行かねばなるまい。もう一度。
あの道に寝転がっていなくても。
あの墓地の何処にも眠っていなくても。
行かねばなるまい。
『おっさん、僕は生まれた日に帰るよ』
意味がなくても。
『やっぱり、駄目だった。だけど、一つだけ叶った事がある』
もう一度導く為に。
『風死す炎昼に』
かがり火を、灯して。
『馬鹿は――笑うんだ』
行かねばなるまい。
――九月一日、
自宅を出ると――風が生きていた。