純文学小説投稿サイト jyunbun 投稿小説番号299 『私が文章を書く理由』  私の様な奴でも、文章は作れる。 そんな事に気がついたのは、本当につい最近のことだった。  私はその日、コメディ色の強い本を購入して、本屋を出ていった。 普段シリアスな雰囲気のものばかり読んでいた私にとって、それは珍しい事と言っていいだろう。 実際、仲の良い店員さんからも「そういう本も読むんですね」なんて笑われてしまった。「いつも暗い感じの本ばかり買っていくでしょ? 急にどうしたんですか」 まるでそういう雰囲気の本ばかりを好むのが「暗い人」だとからかわれた気がして、私は口をとがらせた。 「別にいいじゃないですか。そういう気分だったんですよ」 「へえ、それは珍しい気分ですね。良い気分ですか?」 「やっぱり暗い奴だって言いたいみたいね」 「はは、そんなことありませんって。お買い上げ、ありがとうございました」 そんな掛け合いをして、私はオレンジ色の夕日が照らす世界へと歩み出した。 小さな本屋を背後に、先ほど購入した本を取り出してみる。 そして本当ならいけないことなのだろうが、私は歩きながらその本を読み進めていった。どうせ誰ともすれ違わないような田舎だ。 誰にも迷惑はかからないだろう……。  ページを進める、進める、進める。 家に着くまでのおよそ三十分、私はずっとその本を読んでいた。 シリアスな雰囲気とはかけ離れた、全体的に明るくいきいきとしたその物語、雰囲気、登場人物、文体――何故だか、とても惹きつけられた。 ひとつひとつの場面が輝いているように見えた。 勿論普段読んでいるものも素晴らしく美しいものばかりだと思っているが、ジャンルでは分けられない世界がそこにはあった。 もとからそこまで厚い本でもない。 どちらかというと速読な私は、家に帰るまでに全て読み終えてしまった。 それ自体には問題などないのだが――読み終えてから、涙が止まらなくなった。 読んでいたのはテンポよく面白おかしい掛け合いを広げる、ギャグ物。 しかし、私がそこに見たのは「悔しさ」だった。 物語に登場する人物たちは、皆楽しそうだった。 癖の強い人物ばかりだったが、皆笑えていた。 それはまさに、トラウマしかない私が一番渇望する世界だった。 周囲の人間たちが皆笑顔で、皆楽しそうで。 そんな忘れかけていた世界を、こんな所で見つけてしまった。  それから私は、学生時代から一切書いたことの無かった「作文」を書いた。 それは読書感想文の様なもので、先ほど読んだあの本で感じた「悔しさ」や「羨ましさ」を書き綴ったものだった――我ながら負の感情の塊であるとしか言いようがない――。 書き終わって落ち着いて、私はその作文を書いている時の気分の、その余韻を味わった。 今までにないくらいすっきりした、楽しかった。 その感情は、渇望する世界で味わいたい気持に似ていた。  だから、私は、今もこうして文章を書く。 あの気持ちを、味わいたいが為だけに。
この文章の著作権は、執筆者である 柿本桜花 さんに帰属します。無断転載等を禁じます。