純文学小説投稿サイト jyunbun 投稿小説番号281 『歌と爆弾』 「歌と爆弾」  戦争のテレビ画面を見ながら、僕たちは僕達の事情の方が大事で。例えば、腕や足が無くなった異国の人間の事よりも、レストランを出た後、どこへ行こうかというほうが大事で。若い頃聴いたこの歌の題名を未だに私は思い出すことが出来ません。  私が捕まる少し前、それはこの国で戦争が始まるかどうかの瀬戸際の時期なのですが、大規模なテロが有りました。若者たちは、崩壊した建物や、炎上した車の前を無関心に歩き笑っていました。 それを見ているうちにそんな歌が有ったことを、ふと思い出したのです。昔、車の中でよく聴かされたその歌を、私は好きでは有りませんでした。一度か二度、題名を聞いたような気はするのですが、歌の名前も、当時つきあっていたその人の顔も、思い出そうとしませんでした。その時はまだ、この国のテロの事など、私にとって他人事だったのです。爆弾が破裂し、人が吹き飛び、若者が笑い、建物が崩壊する事よりも、まるで思い出せない歌のように、私は私の事情で、やることがそれなりに有ったのです。 私は、物語の続きを書いていました。テロと戦争の話です。一年くらい前から書き始めていて七ヶ月を過ぎたあたりから、現実に起こっている事と、物語の中で起こそうと思っている事が、同時進行し始めていました。おかげ、と言うのはおかしいのですが、当時の私は、テレビで使われる戦争やテロの専門的な言葉がよく理解出来ました。恐らく、司会者よりも理解していたと思います。私の物語の中にも同じ言葉が何度も使われていましたので。 しかし今ここで、私がどんな単語を書き、何について調べ、どんな物語を書こうとしたのかを、言う事や書くことは出来てもこの場所から外へでる事は無いでしょう。 私は軍に拘束されているのです。本当は違うのですが、私を拘束した本当の部署の事は言えません。それだけは言う事が出来ないのです。 信じてもらえれば良いのですが、私は何も爆弾や銃の物語を書こうとしたわけでは有りません。使い古されているものの、戦中における人間の悲哀を書きたかっただけなのです。本当にそれだけなのです。私は戦争に対して賛成も反対も、それどころか何の意見も持たない、物を書くことが好きな、唯の女なのですから。 ですがこうなってしまえば、もうどうする事も出来ない事くらい分かっていました。実際、担当官も同じような事を言ったのです。 ペンはな、武器よりも強いんだ、拘束するのに武器は必要ない。紙にサインするだけで良いんだ。テロや戦争が始まれば、拘束状や逮捕状にいくらでもサインする。不要な人間はペンで抹殺し、必要な人間はペンで捕まえる。 「いいか、ペンは物語を書く道具では無い。人をどうにでも出来る武器なんだ。剣より強いとはそういう意味だ」  私は話を黙って聞いていました。そうするより仕方が無かったのです。口の中に布はまだ入れられたままでしたから。 「ところで、お前は歌を憶えているかね」 唐突に、担当官は話をかえました。この時です、布を外してくれたのは。 「昔、付き合った男に好きな歌があったはずだ、歌の事を憶えているか」 私の物語の中で、その男はテロの首謀者になっていました。私が書いた話と同じなら、テロを起こしたのは、その男なんだろうかと思ってしまいました。 私は憶えていない、本当に憶えていないのだと言いました。 担当官は何一つ男について聞きませんでした。歌の事ばかり聞くのです。質問が許されるのかどうかは分かりませんでしたが、私はここへ来てはじめて質問をしたのです。 「歌がどうしたのですか」 と。 担当官は答えてくれました。しかしそれは、私が二度とここから出ることが出来ない事を通達された瞬間でもありました。  「私達がお前を拘束しようと決めたのは、もちろんテロや戦争の物語を書いていたからだ。しかしそれは本筋では無い。私達はもう本当のテロ実行犯を拘束している。ただ残念なことに、犯人はこの国の人間では無いのだ。わかるかね、戦争をしない為には、犯人は自国の者でなければならん。企てた者、実行した者、それが必要なんだ。 お前にはこれから物語の続きを書いてもらう。昔付き合った男がテロの首謀者なんだろう。私達はそれを利用する。私達にとって男を犯人にする事など簡単だ。暴力など使わん。言っただろう、ペン一つあれば足りるのだ」 担当官はカーテンと窓を少しあけ、外を見ました。 火炎と油の臭いが、少しだけ入ってきました。 「もう一度だけ聞く、歌は憶えているかね」 窓を閉めたせいで、テロの臭いは部屋の中に漂ったままになってしまいました。 「いいえ」 私は本心でそう答えました。 「歌というのは」 担当官は振り向くと、黒のネクタイを少しだけ緩めました。それは何かの合図だったのでしょう、部屋の中にいた何人かが、担当官を残して出て行きました。 「歌というのは不思議なものだと思わんかね。どんなに離れていても歌を聴けば思い出す事がある。ある風景を見たときに頭の中で歌が流れる事もある。例えば今、燃える街を見ていた時、私には歌が流れていたよ」 扉が閉まった後、担当官はそう話しました。どんな歌が流れていたかは、言いませんでした。 「もし、その歌を聴くことが有ったら、その時は男を思い出すと思うかね」 私は答えに困りました。思い出す事はあっても、そこに大切な思い出など無いと思ったからです。私は「いいえ」と答えました。 「男が死んだ後、歌を聴けばお前は悲しむかね」 ああ、男は殺されるのだなと想いました。 「いいえ」 私はまた、そう答えました。 「男は今、この近くで拘束されている」 担当官はそう言いました。 「歌の事も覚えていたよ、お前の事も。聴くかね」  そう言って担当官は、私が返事もしない内にプレーヤに歌をセットしたのです。ほんのしばらくして、部屋の中に音楽が流れはじめました。  別に、男を思い出してそうなった訳では有りません。ただ自然に涙が出たのです。バイオリンの音がそうさせたのでしょうか。歌が終わると、私はもう一度手に縄を付けられ、口に布をはめられたのです。  今日、私は物語を書き上げました。物語の中で、男は街に爆弾を仕掛け、人を殺し、建物を壊しました。街は燃え、人も燃え、何もかも燃やした後、捕まって死にました。私はその全てを計画し、実行させ、全てが燃えたのを見た後で自首するのです。もちろん実行犯は他にもいます。私が誰かを登場させるたび、誰かが捕まりました。私はその人達の顔も声も知りません。 僕達にとって今大事なのは、隣の国の戦争じゃない、レストランを出た後どこへ行こうかというほうが大事で。 名前も知らないこの歌を訊きながら、一番最後に男と私は車の中でこう話します。 「街も海も何もかも、消えて無くなればいいんだ」 「そうね、二人だけの世界をつくりましょう」  私が書いたこの物語は、犯人の手記として本になると、今日担当官が教えてくれました。
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