純文学小説投稿サイト jyunbun 投稿小説番号271
『四つ角にて』
また潰れたみたいだ。
信号が赤になって私はそう思った。右の角のコンビニは長いことそこに有る。前と後ろの喫茶店と服屋も大丈夫だ。なのに左側の角に出来る店は、何をやっても長続きしない。
「二つ前、ここ選挙事務所やったやん、落ちたらしいでその人」
ケイコも、かたちだけが残って、中はがらがらの店の残骸を見ながらそう言う。
「会員やったのに」
潰れてしまったレンタルビデオ屋のカードはどうなるのだろうか、そんな事を思いながら私はそう言った。
「昔、ここ墓場かなんかやったんかな?」とケイコが言うから、「お墓?」と私は聞きかえした。
「でもそれやったら地鎮祭すればええことか」
ケイコの言うジチンサイというものを私は知らなかった。
「ジチンサイって何なん?」
「静まりたまえ、清めたまえって知らん?」
「知らん」
「家建てた後ににするねんで」
信号がかわって二人自転車をこぎ始めると、すぐ話題もかわって地鎮祭の話はどっか行ってしまった。ケイコは右に、私は左に向かってペダルをこいだ。
「建てる前にするんやわ」
家に帰って着替えた後、晩ご飯の時に、ジチンサイて何と聞くと、おじいちゃんはそう言った。もうお酒を飲んでいる。
「で、地鎮祭がどないしたんや?」
豆が好きなおじいちゃんは、箸で器用に昆布を除けながら、甘い煮豆を口に運びそう聞いた。豆が苦手な私は手をつけなかった。
「学校の帰りにな、店がすぐ潰れてしまう場所があるんよ」
「ああ、それは神様の通り道やからや」
おじいちゃんはそう言うと、豆を一つ落として拾って食べた。
「そんなんあるの?」
「出雲大社から伊勢神宮までまっすぐ線引くやろ、その下にある場所はことごとく潰れるで」
「嘘?ほんまに?」
「地理の教科書貸してみ」
豆とお酒だけ残して、残りの皿を全部テーブルの端に退け始めたおじいちゃんの手をとめながら、私は言われた通りに教科書を出し、途中で「それと定規も」とリクエストが入ったのでそれも出した。
「出雲大社がこのへん、伊勢神宮がこのへん」
そんな事を言いながらおじいちゃんは定規をあて、「だからな、この下全部あかんとこやわ」と言いだした。
「あるか?この下に」
そんなアバウトな。と思いながら私は地図をみて「あると言えばある」と答えた。
太いマジックで書いたらな、とは言わなかった。
「お父さん、またいい加減な事を」母はそう言いながら、冷えた日本酒のおかわりをおじいちゃんの前に置いた。
「そんなん言い出したら千件以上潰れてしまうわ」
母の言うことは正論で、ごもっともと思った私は「そうそう」と言ってみた。
「でもなケイコちゃん、地鎮祭はせなあかん」
孫の私を友達の名前と間違えながらおじいちゃんがそう言い出したから「おじいちゃん、もうええわ」と言って私は自分の部屋へいく事にした。おじいちゃんは酒が進むと、必ず意味不明になるからだ。
私の知る限り、あの場所にはトンカツ屋、ラーメン屋、学習塾、携帯ショップ、選挙事務所、ビデオレンタル屋があった。どれも建物は同じで、中身だけがかわっていった。地鎮祭というものが建てる前にするものなら、建物はいつもそのままだからもう出来いなあ、などと思いながら私はベッドに入った。祭りというからには踊ったりするのだろうか。どうでもいいことを考えているうちに、あくびがでて、結局その日はそのまま寝た。
そしてそのまま夏休みに突入し、お盆が始まる少し前に、ケイコから「地鎮祭してるで」と言う電話があるまで、あの場所のことなど忘れてしまっていた。
「どこで?」
昼まで寝ていた私はそう聞いた。
「コンビニの前」
「暑いしどうしよかな」
「私も暑いんですけど」
ケイコは信号の前から電話してきていた。補習の帰りにあの場所通ると、建物が無くなっていて、ケイコ曰く「棒の先に紙つけて振り回してるわ」と言うことだった。
「私らと同じ学校の服着てる子も並んでる」
「誰よ」
「知らん子」
「女?」
「男。ダルビッシュみたいな顔してる」
「行くわ」
顔の事はたぶん嘘だろう、私はダルビッシュを知らない、けどケイコと会うのもなんだかんだで久しぶりだし、アイスでも奢ってもらうつもりで家を出た。
「おはよう」
新学期が始まって私は声をかけられた。未だに井上がダルビッシュに似ているのかどうかは謎のままだが、あの日私達は少しだけ話しをして、「学校始まったらよろしく」と言われて別れた。
「もうオープンしたん?お店」
学校の帰り、私は井上にそう聞いた。
「したはしたけど大丈夫なんかな、お客こんわ」
私はもちろんケイコも、あの場所に出来る店はすぐ潰れると言う事を井上に話さなかった。
「言うたほうがええかな」と私が聞くと、「もう店出来てるからなあ」とケイコが言った。それが正解なような気がしたから言わなかった。
誰かに付き合ってと言われたのは初めてで、私はケイコの前で「でへへ」と笑ってしまった。ケイコはそんな私を見て「誘わんでよかった」と言い、どこがダルビッシュやねんとわけのわからない事で笑った。
映画と、海と、家と店と学校へ行き、全部井上が隣にいた。いつ行っても店には人がいなくて、私の心配はそれだけだった。夜、一人の時に出雲大社と伊勢神宮を線でむすび、ため息をつく、そんな馬鹿な事をした日もあった。
「地鎮祭したからなあ、大丈夫違う?」
ケイコにそれを言うと彼女は電話でそう答えた。
「でも出雲も伊勢も最強やし」
「あんた壊れたんか?私に電話する暇あったらダルに電話し」
「ダルちゃうし、井上やし」
「店の事は井上のお父さんが何とかすると思うよ」
電話を切って、その日井上に電話して「大丈夫」と彼は言ったけど、やっぱり店は潰れた。また建物だけが残って、店の中はからっぽになった。井上のお父さんが建てた店の形はいつもの物とそんなに違わなかった。
「借金いくらあんのやろ」
そんな事私に聞かれても困る。とは言えなかった。大事な話が出来るるようで出来ないような、そんな短い付き合いだった。
結局二人の初めての夏は「バイバイ」と言うかたちで終わってしまった。
「サヨウナラ」と言うには短い夏だった。
「お父さんは悪くないと思う」
一番最後にそれだけ言うと「ほな何が悪かったんやろ」と井上が言った。
手をにぎる。それさえも出来ない井上と、私がいた。
私に元気がないことを一番最初に気がついたのはおじいちゃんだった。言い方をかえるると、一番配慮が足りなかったのはおじいちゃんということだけれど。
「どないしたんや、振られでもしたか」
テーブルの上で腕を組み、そこに頭をのせて我慢している私におじいちゃんはそう言った。
私は頭をあげ、おじいちゃんの顔を見た。おじいちゃんは私の顔を見て、お酒に手を伸ばすのを止めた。
「ごめん、当たりか?」
「当たりでもええで」
おじいちゃんは困った顔をしていた。
「ごめんなあ」
「なあおじいちゃん」
「ん?」
「出雲大社も伊勢神宮も、燃えて無くなったらええなあ」
「火、つけてきたろか?」
「祟られるからヤメとき」
「ほなやめとくわ」
そう言った後、泣く私の頭におじいちゃんの手がのった。
「暑いのに何してるのそんなとこで」
「祭り見てる」
「何で?」
「それは内緒」
「へんな子らやなあ。何年?」
「二年」
「高校も、学年も同じや」
「何の店なん?」
「内緒」
おじいちゃんの手を感じながら、井上と初めて話したあの場所の事を思い出していた。
あの時井上は、今まで見たこともない神妙な顔をして手をあわせていたのに。