純文学小説投稿サイト jyunbun 投稿小説番号270 『ちりあくた』  熱風が吹きました。秋はこないかとしびれを切らす。塵芥が鼻の穴を通る。どうかしましたか。そう、バス停の目の前。門をくぐる。守衛さんが頭を下げる。二段階に分けて挨拶をする。目の前にいる女性は松葉杖で服のしわ寄せに成功している。くねらせた足首で靭帯損傷は免れない。私は一度経験したことがある。彼女は、ひどい姿でもない。立ち所に、ありえない映像が来た。クラブに行く姿を思い描いた。いすにすわらない傍観者のわたしだ。人が熱くくねらせた腰で激しくダンスをする。クラブは楽しむ場所ではなく、鼻から楽しそうな奴らが一緒くたになって、頭を振る。塵芥が舞う。バケツにかけた雑巾に湿り気があって、それが私の鼻に入る塵芥を引き戻したが熱気は吸い込む余裕が無い程にくたっとして、毛羽立つ。雑巾と私は同調した。インディーズのロックを流すどしろーとで、しかもつなぐ音がぶつぶつと歯切れが悪い。それほどテクニックが要求されていない。会場は見知り合いで埋め尽くされている。使い古した流行語、美しい日本語を話さない。てらてらつつつ、と指先を動かし、ピアノの練習がしたくなった。むちゅうで、アンダンテの練習曲を引きまくった。ピアノの先生の家の犬に、よく石をぶつけて遊んだ。石つぶてに反応してわんわん言うわ。それが面白くて、ばれずに家に帰ったと思ったら、連絡がきて、俺はわなわなした。電話とは恐ろしい物だ。はい。はい。本当にご迷惑をおかけしました。居間のソファに座ってわなわなと人殺したみたいになって、母親の電話の応答が波となって自分に押し寄せる。寄せて、寄せて、されるがままに体の筋肉が硬直しだした。あごがこってしまっても唇と舌と喉は唾で柔らかく動く。しかし面と向かうと喉がからからだ。当面する父親が顔の近くにあるようなきがした。目の前が歪んで、外見がみっともなく、揺れていると思うと、それがなんという名称なのか、の自問に脳を巡らす。ぐるぐる。ぐるぐる。さらさらの髪の毛が煩わしい。とブツッ。と破裂は突然やってくるから恐ろしい。よろしかったですか。とオヌマが声をかけた。愛嬌ともいえる笑い皺をよせたベトナム人の留学生だ。インスタントのミネストローネをスプーンでかき混ぜ、これ、今人気ね。と言って、厄介に思った私は知らないと言って距離をとる。卒業したら、ベトナム帰るとはいっていたけど、どうなんですか。んなに、聞こえませんでした。ベトナム帰るんですか。あーん日本いたいけど、多分、もういれないね。なんでですか。多分ビザ獲れないね。今年、しごといっぱいやすんで、きゅうりょうすくなかった。と呑気に彼は言って退けた。ビトンの財布でドルガバのジーンズを履き、しょうもない会話を笑顔で集約してしまう。羽ついた髪の毛をさして気にするでもない。とても同い年には見えなかった。今度富士山いきます。言ったことあるね。ん、いやないですが。なんで。とオヌマ。なんでとは、どういう事か。わずかながら、目が左に揺らいだ事を彼は気づいただろうか。そのまま左に首を傾け、白い内手首をなめるようにみる。外人の拙い日本語では、どのように深く物事を考えているのか分からない。彼は私をどのような日本人だとおもっているのだろうか。私は。腕を見ている。自分の顔よりも時折自分らしさを発光させる。二本の腱が隆起しその間を走る静脈。それがエメラルドグリーンを牛乳につけたような、きっとそんな色をしてる。右手で左手首をはさむ。挟んだ右手の爪は見事な乳白のピンクで、思わずなでる。女々しい。しかし、愛おしい男のしぐさである。そのまま上半身を前に押し出し、意識であくびをした。右手を左手首からはずし、口を覆う。付け根辺りに湿り気を持たせ、即座に流浪した。彼の質問には身振りで答えた。固有名詞と、語尾のね、にアクセントをつけ、言葉があちこちに飛沫する。不調な日本語の発音ながらも、私より口数が多い。間違った発音で口数が多い外国人は、みんなデープスペクターのようになるだろう。食堂の匂いが食欲をそそるとは思わない。地下食堂の食器回収台のすぐ横で、匂いがあらゆる物を想起するなかで、小学校の教頭先生を思い出した。腋臭であった。わたしはそれを鉛筆の匂いを鋭くした匂いだと言い張ったが誰も共感をしてくれなかった。それが腋臭というのだとはまだ知らずにいた。鉛筆の匂いは腋臭の匂いを発しはしないが、腋臭は確かに黒鉛の匂いを発した。食堂の匂いを緩慢に鼻で吸い込んだ。その吸い込んだ空気が眉上で腫れ物に触ったらしく、刺激した。そのあたりが脳だ。あごを引き喉を詰まらせた。さっき口にしたものは遠くの方で、不快な匂いを放つ。地下食堂は五時でしまる。あのマンションの部屋の赤い光はカーテンが赤いからか。と外にいてもう8時。今日は、オヌマ以外の人との会話を徹底して避けた。    私が友達と来たのは、表参道通りを越えた交差点の角に位置するクラブハウスだ。タバコをくゆらせ壁に肘鉄を食らわせいてっぇわいと叫ぶ。珍妙なランプに鹿の頭部が壁からはえ優しい目を虚空にさらし、男にキスされながらもおじけず、マジ馬鹿じゃん。いや、するっしょ。破綻した日本語は熱気の中でさらに希薄に感じた。花束贈呈なんかしてしまって、はなはだ憎悪を増す。カウンター席には短髪の男と巻き髪の女。両者金髪で、筋骨隆々にして、侮蔑に価する、近寄り難い。影は個々にはない。いち早くトイレに逃げこんで落ち着きたかった。私はカウンター席の脇のつきあたりに位置するトイレに直行した。便座はすごくあったかい。消臭力の匂いが同調した。トイレットペーパーは丁寧にも三角おりで使い難かったが、というよりも様を足しにここへ来た訳ではない。一人にはなれたが、すぐ誰かが用を足しにくる。その時が一番の山場で楽しむ集団の一人と私は当面しなければならない。おそらく私を見て服装と髪の色と覇気のない衰弱しきった顔を露骨にみてくるのだ。そうに違いない。きっと一番の霊能力に感心する、情報操作の渦中にしかいないやつらばかりなのだ。そんなやつらを相手にするのは毛頭ない。私はトイレをでて帰ろうと思った。つかつかと一貫して冷静な日常の私にきっとここぞという時にも冷静さを持ち合わせている私に誰も声をかけずに感嘆のことばもかけずにあっという間に私はそのクラブハウスを抜け出せるだろう。私は階段に足がかかったとき余計にも実家の階段を駆け足でのぼる自分を思い出した。あまりにも昔の事だ。私の緊張はピークに近づく。わたしは膠着した足裏を慎重に一段一段を滑らせあたかもそれが泥酔しきった未成年のようにしらふの私は上った。実家の階段で何度も足を踏み外しては転んだ。青あざは、白い足に病的に残る。私が階段をこれほど恐いと思ったことはない。あらゆる馬鹿者が足取りだけは軽妙に、階段をのぼる。白で上塗りされた鉄筋コンクリート。私が見上げる踊り場にも二人いる。椅子に乗っかる一人の男が厄介物である。所狭しと佇む女性を尻目にフレームアウトする。童顔の男が上から駆け下りてきてわたしの肩にぶつかった。立ち所にいらつくも、「あっ。ごめんなさい。」と謝られる。いいひとじゃん。と同時に自分が最もこの場所に適さない闖入者であるとわかった。その人は一つの概念となって、その枠から私を振り落とした。私はバスケの事を考えた。シュートがきまると嬉しい。勝つと嬉しい。その概念化された喜びが自分を客観視することを忘れさせる。階段を上る私は、その反対に位置している。まるでルールを知らないスポーツの試合に放り込まれたように。なぜ、ここにいるのか。ありえなかった。私はまだ内部にいる。階段が三分の二にさしかかったとき、そして外の冷気をが私をつんざいたとき、私だけが神通力を使えるのだとうそぶいてみたかった。
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