純文学小説投稿サイト jyunbun 投稿小説番号263 『ジンガイ』 「右ね。」 「では私左を選ばせていただきますわ。」 両貴婦人がそう言うと額に数え切れないほどの皺を刻んだ医師が、手術台と言うよりは拷問台と呼んだ方がふさわしいと思われる台の上に寝かされた二人の少年の下腹部をほとんど同時に切開し、この世のものとは思えぬ速さでそれぞれ一つづつ、二つの腎臓を摘出する。会場に渦巻く歓喜がひとつの怪物となり歪な声を発する。    彼はデロンと呼ばれる青年(青年の元の主人はフランス映画が好きだったらしい。)の隣で煙草の火をつける。デロンはもじもじし始めている。彼の尿を飲みたくてたまらないのだ。彼はデロンにとってほとんど残酷な笑みを浮かべながらガムを噛み始める。 「人生ってつまりこのガムみたいなもんだな。」  彼は噛み始めて3分と経たぬうちにそれを海へと吐き出す。デロンはそのガムをとても物欲しそうな目で見るのだ。 「俺たちはもう人間じゃない。そうだろ?だったらすぐにそんなもん吐き出して、そしてそこからまた始めればいい。」  もう一人はわけがわからないまま頷いた。 「そうか、お前はもう何も始まらないんだったな。」  笑みと言うものは断じて顔のそれぞれの部分が笑みの兆候を浮かべるわけではない、だがこの時ばかり彼は、自身の全ての顔のパーツが笑っているのを感じた。     ゲーム備考  隔週日曜日に都内某核シェルターにて開催される貴婦人たちの集い、ジンゲームはマダム達の異常なまでに引き攣った高音と共に幕を上げ、奴隷美少年たち(通称ジンガイ)の断末魔と混ざり合い、この怪物じみた遊技、いや、この悪戯好きの怪物は絶頂に達し誰しもその終幕を確かな形で記憶にとどめておくことはできない。  遊技者は、ストックカード(その名の通り彼女があといくつのジンガイを保持しているかを他の遊技者に公示するもの)を胸につけて、会場をワイングラス片手に会場を闊歩する。(とはいえ30分も過ぎればその半数は足場に粉々になってしまうのだが、肝心のワインの方は血と混じり区別はつかないのだ。)  この遊技は通常一対一の形式で行われる。見届け人は当局が受け持ち、テーブルに4つのボールが用意される。遊技者はただその4つの内の 2つを選ぶだけである。この時駆け引きのようなものはほとんど存在しない。ボールはそれぞれの見分けがつかないように工夫が凝らしてあり、貴婦人方は顔面に優美を張り付け、相手に最初の選択を譲ることをこの場における最上のマナーのように感じている。  ボールの中身はペイントボールが一つ、遊技者の最も欲するところである高級腎臓が一つ、そして事前に摘出された腎臓が二つ(もちろん事前に摘出されたものが本当に腎臓なのかはわからない。)の割合である。腎臓は予めゲームでかけられるジンガイから摘出されたものであり、その手術はすべてこのゲームお抱えの医師であるベンウェイ氏がこの世のものとは思えぬ速さで処置を終える。この時、つまりゲームの予備段階である種の賭博が発生する。貴婦人たちは互いに「右」や「左」という言葉を発し、氏は言われた通りの方の腎臓を摘出するのだ。  もうお分かりだろうが、最終的に2つのタイプのジンガイが存在することになる。つまり経緯はともかくとして、両方の腎臓をペイントボールと取り換えられた人間と、両方の腎臓を高級腎臓に取り換えられた人間と、である。前者は尿毒素が体中を駆け巡って死ぬ。或いは彼の主人がボランティア精神に溢れていたならば、彼はその場で余興として、47本の太めの針に貫かれ、ペイントボールによって色付けされた、どろりとしてどす黒く、それでいて緑や青に艶めく色とりどりの体液をまき散らして死ぬ。  後者は主催者が前もって念入りに用意した高級腎臓を二つとりつけられ、いとも妙なる尿を排泄するようになる。そういう幸運者は西洋のいかめしい石像のように会場の至る所に設置され、貴婦人方が欲する度にその尿をまき散らす。このとき全裸になり全身にそれを浴びる者もいれば、そのまま全部飲み干すものもいる。(いわくその味は濃密な「生」そのものらしい)貴婦人方は通常そのジンガイを持ち帰り、その尿を呑んで甘美な生活を過ごすのである。(もちろん彼女たちはこの愛すべきところのジンガイを再びゲームに持ち込み、ただ彼の「血の濁り」見たさに遊びに興ずるのが常である。)    デロンが死んだ。    彼らは彼女たちが今夜2体目となる47本の針の余興によって絶頂に達している内に共に逃げ出したのだ。行く当てもなく、川に放置してあった小舟に乗り込んで、この海まで流れ出たのだ。 「人生はガムみたいなもんだ。」  誰に言うでもなく呟き、海へと唾を吐き出した。そうして体中不気味に彩られた死体を見つめながら、カエルみたいだ、と思った。躊躇いはなかった。なだらかな河口を過ぎてその華奢すぎる小舟に打ち付ける波は高く、月や星やの散乱反射の水面の上に、かつては美しかった醜いカエルのような人間を滑らせた。とはいえ実際は醜くぶくぶくと音を立てて不細工に沈んでいったのを、見ないでいることは出来なかった。後にはまた月やら星やらの輝きが、余りにも幻惑的な輝きがあらゆる波の表面から彼を見つめていた。  河口はもう遠く、櫂もなく、そこにはただ死と希望があった。小舟は積まれた重さに今にも瓦解しかけていた。そこにはただ死と希望があった。何かを捨てなければならない、そう思った瞬間の彼の微笑が打ち付ける波の飛沫のひとつひとつに反射して光った。彼には死の方が身軽に思えた。ただそれだけのことだった。
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