純文学小説投稿サイト jyunbun 投稿小説番号261 『部屋』 ポンッと部屋の隅に小石を投げ捨てる。壁に身体の正面を向けて三角座りをして、ワタシはゴロンと寝転がったまま、ブランと手を伸ばしてみた。ゴロンゴロン、と寝転がった。部屋は立方形で四角形のように囲まれている。部屋の隅には冷蔵庫と戸棚と。何でも入っている四次元ポケットみたいなものだ。何でも何でも出てくる魔法の不思議な戸棚。そして冷蔵庫。望めば望む程、何でも出てくる不思議な冷蔵庫。一体何処に繋がってるのかも分からない電気のコード。それをブランと両手で持って垂らしてみるけれども、何処にも何も繋がってるのかさえ分かりもしない。私はゴロンと寝転がるのを止め、電気のコードを両手で垂れ下げてみた。コードは力も無く、私の両手の間に腰を垂らす。ブラン、と長い柄のコードが伸び落ちる。ポスン、と私はコードを手から落とした。私はグルン、と部屋を首で回して見渡し、冷蔵庫に手を掛けた。上の段に手を開けて開く。わあ、アイスが入ってた。私は赤い箱に入った様々なアイスの箱や青い箱がびっしりと詰まってるのを見た後、扉を閉めた。赤い箱と青い箱が入っていた上の段をしぃ、と息を顰めるように見つめた後、私は下の段に手を掛けた。手を掛ける。棚を開く。わぁ、野菜と欲しいもので一杯だ。私は冷蔵庫の中にある小さな棚に手を伸ばし、牛肉ソーセージを取り出した。歯で噛み、千切ろうとする。けれども、化学薬品と製品で作られた紙は中々取り難い。私の歯がギシリ、と互いに軋んで、私は自分の口を手で押さえた。牛肉ソーセージから手を離した。何を、こなくそ。私は必死に牛肉ソーセージの皮を剥いだ。皮を口の中に胃の中に呑み込まないように呑み込まないようにと気を付けながら。ギシリギシリ、と歯が互いに噛みあって擦り切るような音を出した為、些か私の歯は自分でも不安だ。思わず自分の口を手で覆って摩ったのだが、皮から出た牛肉ソーセージは、今まで見たのと相変わらずだ。皮から剥いだ牛肉ソーセージを見て、私はそれを食んだ。それを一口に歯で掴み、噛み、口の中で転がす。あぁ、相変わらず美味しいなぁ。と相変わらず変わらない美味しさに私は頬を綻ばせた。あぁ、美味しい。例え何があろうとも、やはり山間とか牧草とかそう言ったのを食べた雄牛のは美味しいんだ、とそう思いながら、もぐもぐと牛肉ソーセージを食べて行く。手に付いた肉片を舌で掬い、食べる。あぁ、美味しかった。最初から加工された食品が入ってるけれど、熱さを持つ筈の料理は、冷蔵庫の冷たさで熱を孕ませる事は無い。私はミートスパゲッティを食べようと思ったのだけれども、肉とケチャップの歪な冷たさと共にほんの少し硬いスパゲッティの芯が残るそれを食べる羽目になるのだ。私はもぐもぐとフォークに麺を丸めて食べる。口にスパゲッティのソースとかが付く。私はそれを、指の腹で、手の甲で拭う。それを舐める。 机から足を衝き、私はまたグルリと辺りを見渡す。四方に囲まれていて、立方形の形を取っているように思える。私は四角形の天井と真っ直ぐ天井へと伸びる壁と垂直な壁の隅っこを見てそう思った。私が欲しいものは何でも出てくるものだけど、具体的で抽象的で無い物しか現われ出で無い。ねぇ、お母さんが欲しいの。けれども何も出て来やしない。ねぇ、お父さんが欲しいの。誰も出て来やしない。ねぇ、傍にいる人が欲しいの。誰もそこから出て来ようともしない。なら、他に無いのなら。代わりに縫い包みを頂戴よ、と縋るように指を動かしたら、ポン、と目の前に私が具体的にイメージした縫い包みが現われた。私はそれをギュッと胸に抱いた。以前抱いた縫い包みと、感触は同じだった。 私が今いるこの場所は、私の過去の記憶やイメージを基にしているのではないか、とそう思われる。だって、人間の事。私はお母さんやお父さんの記憶はあるよ。けれど、だからと言ってお母さんがお母さん、お父さんがお父さんであった頃の記憶や思い出なんて、そんな事、知らないの。変遷が知らないと駄目なのらしい。具体的なイメージと言っても、自分の身体で感じるものでなければ、中々上手く出てこないのらしい。私は以前、抱いた縫い包みを腕に抱く。それらを抱くと、私が幼い頃にそれらを抱いた変遷を思い出させる。 人間を思い描く事は無理だった。お父さん、お母さん。だけれど、それらは全て、私が想像するお父さんとお母さんでしかない。本当のお父さんとお母さんは知らない。お父さんはお父さん、お母さんはお母さん、それぞれのそんな面しか知らない。お父さんはお父さんでない部分、お母さんはお母さんでない部分、そんな部分を知らないからだ。けど、だからと言って、お母さんがお母さんで無い部分、お父さんがお父さんで無い部分、そして私の目の前から、お父さんからお父さんの部分、お母さんからお母さんの部分が消える事も嫌だった。 私はプランプラン、と足を遊ばせる。足を遊ばせて暇をつぶす。私は本を描いた。けれど、夢の中で見た書物のように、それらは全てパラパラと捲る速度が遅くて、早くて、一ページの絵柄と文字が羅列している様子しか頭の中にインプットされなかった。私は本の表紙をパタンと閉じようとした瞬間、本がポンッと煙を出して消えたかのように見えた。けれども、私の頭の中には、本が煙のように消えたなんて事、一つも思い出に刻まれやしなかった。 私はベッドから腰を下ろす。白い白いベッド。それに絵柄を付ける事も可能だけれど、ちっとも絵柄を付けたいと言う気分にはさせてくれなかった。絵具や水を入れる容器が現われる。水も現われた。けれども、どうしてかな。どうして、筆を握って、ペンを無作法に、そして毛先を乱暴に宙に向かって振るっていると言うのに、腕に感じる筈の重力は感じないんだろうか。私は壁に彩られた赤と青とその他諸々の色彩の景色を見上げる。私の目の前には、私が筆を振るって作ったと思われる、水玉模様のとげとげとした模様が幾重にも折り重なっているのだけれど、どうしてかな。それは彩り豊かで幾重にも多彩な色が折り重なって見えると言うのに、赤と青しか見えやしないの。私は肩の力を抜いて筆の先を床に着けた。壁から色が消え、何時もの壁に戻った。そして、私の肩に感じる圧力も感じも消えたと同時に、筆の先から消えて行った。けれど、私は自分の足の爪先に残る彩りだけは、しっかりと記憶と網膜に焼き付けておいた。 私はクレヨンを取り出す。けれども画用紙に映し出されるのは何処かで見たような子どもの落書き。私は黒炭の細い筆みたいなのを取り出して、それを鉛筆のようにガリガリと、壁に文字を描いて行く。けれども、私が文字を描いていく内に、私が書こうとした壁や天井の隅々に至るまで、一気に文字が浮かび上がるの。映し出される。困った物だわ。しかも、それらは全て、私が書こうとした事じゃない。書こうと筆を動かす先の事でもない。ただ、頭の中で思い描いたイメージしかない。 もしかしたら、私もそうかもしれない。私は刃物を取り出した。手首に刃物を入れて切れる真似をしてみた。けれども、私の腕は相変わらず、私の皮膚の色をしていた。 私は部屋の壁の一つにある、私のベッドのある側の壁の、寝転がれば私のお腹がある位置に、そして私が起き上がって座った状態であれば、顔を上げれば見れる位の高さに、窓の縁取りがある。けれども、壁と同じ色だわ。壁がその凸凹を浮き立たせてるだけにしか過ぎない。こんなの、飾りだわ。 私は部屋の壁の一つにある、冷蔵庫と戸棚の真向かいにある、床から私の背丈よりちょっとだけ高い位置にまである、扉の縁取りもある。その扉も窓と同様で、壁と同じ色をしてて、壁が勝手に縁取りを浮き立たせてるだけなのよ。本当、嫌になっちゃう。私は扉の縁取りを蹴った。凸凹が痛かった。 そう言えば、何も言って無かったわね。あの戸棚、実は嘘なの。鍵を何度も何度も思い出して、具体的にイメージして、ガチャガチャと、ぐしゃぐしゃと壊そうと、壊して開けようともしたけれど、結局開けようとも開ける気配も無かったの。あの戸棚、何でも出てくるなんて嘘。何でも出てくるよりも先に、何も開けようとも開こうともしないの。抉じ開けてさせてもくれやしない。私はカンカンになって、戸棚の角を小指の先で蹴ろうとしたのだけれど、何も蹴る気にも蹴る気力も起こさせてはくれなかった。私はクッションを取り出して、その白いクッションに頭を乗せて、その戸棚を見るの。その戸棚を見て、暫らく考える。けれども何も結局出てやしない。けれども、私はその戸棚を見るだけで、結局満足してしまうの。満足してしまう気分になってくる。 ねぇ、貴方。と私は誰に対してでも無く、呟いてみる。けどやっぱり、自嘲の涙と共に悲しくなって来る。少し延々と泣いてしまう。鼻水と共に涙も出た。鼻を噛もうとした際に目も覚めればいいのに。と思いつつ、ティッシュからティッシュを取り出して鼻を噛む。垢擦りをした際に匂う肌の匂いがした。摩擦した音と匂いがした。…あれ?と私は疑問に思う。何時も、具体的に意図しないと出て来やしないのに…。と私は横に置かれたティッシュを両手で持ってそう思った。チラリ、と戸棚を見た。きっと、あそこからだわ。と私の中で根拠も無い信頼が生まれた。私はカンカン、とハンマーと釘を持って壁を打ち壊してみようとした。カンカン、音が鳴るだけだった。私は少し途方に暮れた。外のイメージもしなきゃいけないからかしら?けれども、私は外の事に関して何も知らないの。 私は新聞を見た。けれども、以前に見た事ばっかりの事だった。頭の中に封印した記憶の事ばかり、厭になっちゃうわ、と私は独り心の中で呟いた。けれども、結局誰もその呟きに応じる事も無い。私はコトン、と足元にあった小石を蹴った。 音楽の事を思い出した。でも結局様々な音で雑音と変わり果ててしまう。外でチュンチュン、と雀の声が聞こえた。私は思わず窓辺へ駆け付けた。けれども、白く縁取られた窓だけだった。縁取られた白い窓を両手で叩いた。コンコン、と扉の方から手の指や関節を折り曲げて作ったような音が聞こえた。私は慌ててベッドから飛び降りて、ドアへ駆けつく。ああ、ドアに色が付いた!私は爪先で最初に着地した衝動を受けつつ、それに少し声を出しつつ、私は色の付いた扉へと向かった。黒い。周りは黒かったけど、私は構わず、彩られたドアノブに手を回した。私の視界には、掌に感じるドアノブの感触と金属の冷たい感触しかない。けれども結局足音がコツコツと遠ざかってしまう。小さくなった。私は泣きそうになった。黒い周りが、背景が、白い壁へと成り代わって、ドアノブの代わりに空気を掴んだ色の付いたドアは白い壁に縁取られて凸凹に浮き立たされたただの飾りへと成り果ててしまった。 また、小石を足の先で、爪先で蹴ってみたよく考えれば、私。爪先で小石蹴ってると言うのに、小石を蹴った時特有の痛みが感じない。私は今、裸足だ。更に明確に言えば、一体私がどのような服を着ているのかさえも分からない。ただ、私と言う肉体と身体の精神があるだけだ。私が私と言う精神が、私と言う肉体を操って、動かしてる、と言う感触しかない。私は両手で私の顔を包んで見た。あぁ、私の輪郭だ。 私は石を扉に向かって投げてみた。少し黒を浮き立たせて、扉が縁取りから彩りを持って輪郭を持って現われたからだ。石は扉に吸収されたように感じた。音は出なかったけれど、コツン、と扉に当たって落ちたように感じた。私は扉に手を伸ばした。腕が伸ばされるかな、私はふと、そう期待に胸を膨らませたが、扉から腕が伸ばされると言う事は無かった。 私は少し躊躇した。だって、と私の口から言い訳が出る。私はギュッ、と胸に縫い包みを抱いた。 きっと、外の人が外が危ないからだ、って言ってる所為なんだ。私はそう思って掴めもしないドアノブを必死に握って、ドアに足を掛けて必死に抉じ開け、もしくは押し倒そうとする。もしくは、自分が外を危ないと思ってるからなんだ!と必死に自分に外は安全なんだ、安心なんだと言う事を言い聞かせて外へ出ようとするのだけれど、一向に外へ出させてはくれない。その強情な扉の頑固さに、私は思わず泣きそうになった。目尻を腕で覆い、拭う。 体当たりしてみた、けれどもベッドへと連れ戻されてた。扉に冷蔵庫を投げつけてみた。けれども、冷蔵庫を持ち上げようとしたら思いの他軽くて、しかも軽々と自分の頭の上に持ち上げられた。そして、冷蔵庫の後ろから伸びるコードが次々と、トグロを山のように描いてさえも伸び続ける為、私は辟易して冷蔵庫を投げるのを諦めた。冷蔵庫を戻した。戸棚は不思議と、投げつけようとする気にはなれず、寧ろ、これだけは守っておきたい、と言う気持ちにさせた。 私は気持ち悪い、と自分で思ってみた。けれども、白い世界は相変わらずだった。私は凄いぞ、と自分で少し勇気づけて見た。部屋が少し明るく色と光を放ち始めた。その光景に、私は少し泣きそうになった。布団の中で泣きじゃくった。 名前を呼んで、扉を叩いてみた。何か重い物で殴り付けてみたけど、重い扉は何もビクともしなかった。傷一つ付いてない扉に涙を零す。扉は色を付いてると言うのに。私はガチャガチャと両手でドアノブを回してみた。けれども、鍵が掛かったかのようにドアは動いても開けようともしてくれやしなかった。私は鍵を探した。部屋の中を何度も何度も。何度も探して、戸棚の暗い闇底のような下に、少し目立つように光る鍵を発見する。それを手に取り、私は喜び勇んでノブを片手で掴み包み、ガチャリ、とツルリと平らなドアノブに突き刺した。鍵が回った事に対して、私は歓喜の声を上げて両手を広げてドアを開いた。けれども、ガチャリと音がした途端に、何時もの部屋の様子に戻っていた。私は茫然とした。鍵が落ちる音もしなかったし、扉が閉まる音もしなかった。壁に戻ってたのだ。そして、私の手の中にあった鍵も消えていた。 小石を積み上げてみる。許してくれるかな、許してくれるかな。と私はそう思いながら小石を積み上げる。昔、聞いたのだ。何処かの河原で鬼に監視されながら石を積み上げれば、許してもらえるんだって。親に不孝行した罪を許して貰えるんだって。それは罰なんだって。 自分に罰を与えて見た。けれども、自分に罰を与えて見る人なんて誰もいやしない。自分に罰を与えて、それを許してくれる人なんて、結局いやしない。私は両手で顔を覆った。かみさま、ねぇ、神様。と私は神様に祈ってみた。かみさま、誰の心の中にいるんですって。けど、私の神様が私の心の中にいるとするのならば、その神様に祈る事だって無理になるわ。 笑い皺、なんて言うのあったっけ?
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