純文学小説投稿サイト jyunbun 投稿小説番号257 『切符』  文(アヤ)が地下鉄へ向かう長い階段を、雑踏にまみれて下りていくのを見届けてから、洲脇(スワキ)はICカードのチャージをしようと思い、JRの自動券売機の前で財布を出した。 (文とはもう二度と会わないほうがいい)と、渋谷駅のごった返す人ごみの中で、なんとも惨憺たる気持ちで、洲脇は思った。  財布には紙幣がなかった。だからICカードにチャージが出来なかった。  仕方なく切符を買った。これから高田馬場まで行き、そこから西部新宿線に乗り換え、埼玉との県境辺りまで帰る。きっと帰る頃には、三歳の愛娘はもちろん、妻も眠っているだろう。 「洲脇さん、私どんなお店でもかまいませんよ」  文はイタリアン・レストランを出て、次の店へ向かう間、道玄坂の坂道を歩きながら、そんな事を言った。人ゴミで逸れないように、二人は寄り添って歩いた。 「洲脇さんと一緒にいられれば、私どこにいても楽しいんですよ」  文は自分の財布事情を心配してくれているらしいと確信したのは、二件目に入ったアイリッシュ・パブ風のBARだった。カウンターで直接、セルフ・サービス形式でドリンクを買うこの店で、文は自分の飲み物くらいはと、一緒に支払おうとする洲脇に譲らなかった。  洲脇は実際のところ、経済的にそれほど余裕があるわけでない。妻からもらえる僅かな小遣いでやりくりしているという事は、出会った頃に何度か冗談交じりで話したことがある。だから機転の利く文は、洲脇の男性としてのプライドを傷つけないように、言葉を慎重に選び、さりげなく気を使う。それは今日に限らず、今までにもそういった場面は何度もあった。だがその優しさと、控えめな気遣いを洲脇が感づくたびに、男として、なんとも惨めな気持ちになった。  文のことは好きだった。「好き」と言っても十代の少年が抱くような恋心とは違う。情熱を掻き立てるような恋愛感情ではなく、淡く、ほんのりとした温もりのある、包み込むような想いだ。  若い頃は何かと尖っていたし、ヒリヒリとしていたものだ。まるで焼けた金属片で、皮膚の表面をこすり付けるような恋愛をしてきたし、おそらくそういった関係を求めていたのだろう。結果、必ずどちらかが、もしくは両方がひどく磨り減ったり、打ちのめされた。その傷跡は、火傷のようであり、擦り傷のようであり、切れ味の悪い刃物による、えぐるような切り傷でもあった。  今となってはその傷跡を勲章のように残しつつも、それが若さというものなのだと、年相応に納得している。だがそんな事を考えるたび、自分が大人になったことが嬉しいような、少し悲しいような、なんとも言えない心情になる。  まだ二十二歳の文に、十歳も年上の男なら、当然経済的な負担くらいはしたいし、そうすべきだと思う。またそういった気遣いを若い女の子にさせるのは忍びないし、不自然な事だとさえ、洲脇は思っている。  洲脇は別段、面子や体裁にこだわるほうでもないし、男性特有の見栄やプライドが強いわけでもない。でもやはり渋谷駅の自動券売機の前で、小銭しか残されていない財布を開くと、ほとほと自分が嫌になってしまった。 * 「一緒にいられれば別にそれでいいじゃない」  アヤが言った台詞と、同じような事を昔言われたなと、ふと思い出した。  あれは洲脇がまだ大学生だった頃だ。  洲脇は一浪していたので、当時付き合っていた「美紀」は同じ学部でも、年齢は一つ下だった。  美紀は可愛らしい、少しおっとりしたタイプの女の子だった。自然な流れで付き合い出し、一年半くらい経った頃に、ごくありふれた理由で別れた。お互いそれぞれに忙しくなり、すれ違う事が増え、洲脇の浮気によって交際は終わりを告げた。ちなみに浮気と言っても、ただ仲間に誘われ、人数合わせでコンパに顔を出し、酔いつぶれた女の子一人を放っておけず、仕方なしに自分のアパートに泊めたというだけで、その女の子とは何もやましい関係はなかった。だが美紀はそれを信じなかったし、信じてくれても、許してはくれなかった。  洲脇自身は、自分の取った行動が、浮気と呼べるものなのかどうなのかわからなかったが、それがきっかけとなり、やがて二人は距離を置くようになり、そのままどちらともなく別れた。だが後になって思うと、美紀はその頃すでに、洲脇と別れる理由を探していたような気がする。だから相手に落ち度さえあれば、理由はどうでもよかったのかもしれない。その証拠に、美紀は洲脇と別れた直後に、もう他の男と付き合っていた。しかもその相手は洲脇と懇意にしていた(と思っていた)サークルの先輩だった。それに対して洲脇はなんとも納得しかねる感情を抱いたが、その怒りに似た感情は、もちろんどこにも行き場はなかった。 **  美紀と付き合っていた学生の頃。二人はデートらしい事もしなくはなかったが、基本的には金がなかったので、いつも洲脇のアパートで、のんびりとしている事が多かった。  学校からほど近いという理由で、足立区の古い木造アパートに住んでいた。六畳一間で、ボイラータイプの風呂があった。  金がなかった。それこそ財布に小銭とコンドームしか入ってないなんて事はざらだった。でも今思うとどうしてそんなに金がなかったのかよく分からない。確かに洲脇の家は当時でも厳しい方で、友人がかなり余裕を持って暮らせるだけの仕送りを貰っているのに対して、新潟に住む洲脇の両親は、金銭的な負担は学費と家賃のみで、その他の必要経費は、洲脇自身がアルバイトなどをしてこしらえなければならなかった。実家が貧乏だったわけではない。それが東京の大学に進学するのを反対していた、両親から出された条件だった。そしてその条件は四年間一度も破棄されることなく貫かれた。   だが今になって思うと、あそこで甘やかしてくれなかった事を、深く感謝している。  でも当時はそんな両親に不満はあった。だから生活費をまかなうため、アルバイト三昧の毎日だった。学校に行くよりもアルバイトをしていた時間の方が長いくらいだと、よく愚痴っていたものだ。  だが生活費に何かと金はかかったとはいえ、しっかりと稼いでいたおかげで、貧窮するほどでないはずの収入は得ていた。それなのに当時の実情は、何故かいつも金に窮していた。恐らく考えられるのは、もちろん若い男特有のだらしなさもあったのだろうが、友達付き合いの多い洲脇は、誘われるとほとんど断る事がないくらい、人付き合いが良かったという点だろう。学校の友人、アルバイト先の仲間。洲脇は先輩受けは悪かったが、後輩からは慕われるというタイプで、何かと相談事をされるのも多く、そのたびにどこかの大衆居酒屋の暖簾をくぐった。べつに一度に大金をはたくようなマネはしない。ただちょくちょくと小さい金額を出費し続けた結果、財布はいつも痩せていた。  だが美紀は贅沢なプレゼントをねだったり、話題の店で食事をしたがるような娘ではなかった。だからいつも金のない洲脇に、「一緒にいられれば別にいいじゃない」と、仲むつまじかった頃はよく言っていたものだ。そして洲脇自身もそれで良いと思っていた。二人でコンビニ弁当を分け合って食べたり、映画館に行けないので、レンタル・ビデオで旧作映画を何本も見たり、発泡酒に安いウイスキーを混ぜて悪酔いしたりしても、いつも楽しかった。電車代を節約するために二駅区間くらいを、手をつないで歩いた事もある。当時はまだ、やり方によっては、キセル乗車もできたので、美紀の定期券を借りて、そういった事もよくやった。  でも今は?  金がない。もちろん金がないのには理由がある。五年間努めていた会社が倒産し、やっと今の会社に移った。それが去年の話だ。給料は前の会社の収入の三割減だ。  洲脇は前職から営業マンだ。前の会社がそれなりに大手だったので、今の会社でも入社一年目にして、早くも大きな取引先との交渉を期待されている。おそらく今の仕事が順調に進めば、次の査定でかなりの収入アップが望まれる。でも今はまだ新人に毛が生えた程度の、中途採用の人間にふさわしい収入だ。  仕事柄当然、人付き合いが多い。一つの大きな得意先に対して、さらに多くの契約を取るためには、その会社の様々な部署や、下請けの会社との関わりもおろそかにできない。もちろん会社から経費はでるが、ある程度の実費負担は免れない。ちょっとした手土産や、つまらない用事のたびに発生する、交通費だって馬鹿にならない。 洲脇の小遣いは月三万五千円。三十歳のサラリーマンの小遣いしては妥当なのかもしれないが、営業マンの洲脇にはギリギリの金額だ。  だが妻の咲子にはそういった男の付き合いはまったく理解できない。給料に含まれる各種の手当てや出来高は、そういった地道な付き合いから生じているのに、半分以上は単純に遊び歩いていると思っているようだ。  妻は専業主婦だ。まだ手のかかる子供の面倒を見ながら、家事を追われている。まだ近くに祖父母でもいれば楽なのだが、お互い地方出身者のため、そういった手助けは望めない。 「私に休みはないのよ」 というのが妻の口癖だ。こういう小言はテレビ・ドラマなんかで聞いた事があったが、まさか自分が言われるようになるとは思いもよらなかった。 「私ばっかり子供の面倒見て、洗濯して掃除してご飯作って。アナタは仕事が終わっても家に帰らないでしょっちゅう飲み歩いて。何様のつもりなのよ」 こういう言葉を浴びせてくる時は、妻のストレスがピークに達している時だ。こちらとしてもそのストレスを受け止めてやりたいのだが、そんな事を言われると、当然カチンとくる。妻が言うほど毎日飲み歩いてるわけはないし、そもそもそんな小遣いは与えられていない。俺だって休みの日には家事を手伝ったり子供の面倒を見ている。休みなんてないと、反論する。  反論をきっかけに、待ってましたと言わんばかりに、出口のない口論が始まる。いわゆる夫婦喧嘩だ。妻は時折意図的にケンカを吹っかけているようなフシが見受けられる。  男と女は議論できないと、誰か偉い人の書いた本で読んだ事があったが、確かにその通りだと思う。見えているポイントや、テーマが端から違うのだ。マトモに話し合えという方が難しい。そもそも女はただ言いたいだけなのだ。別に話し合いをしたいわけではないのだろう。だから次の日には「昨日はごめんね」と、けろっとした顔で言う。そっちは怒りを発散させて、言いたい事をズケズケと言ってスッキリしたのだろうが、こちらはそんな簡単に水に流せない。 ***    洲脇は切符を改札機に入れた。小さな入り口から入った切符は、スムーズに出口から排出された。「カシャッ」と、乾いた音が雑踏の中に吸い込まれた。  最近は全てICカードで改札を通るので、切符の感触が懐かしく、そしてなんとも恥ずかしいような感じがしてしまった。そんなことを思うのが切符に対して失礼だと思いつつ、少し侘しい気持ちでポケットの中で切符をつまんだり指で弾いたりして、電車が来るのを待った。 (十年前のオレは、三十一歳になった自分が、財布に小銭しかないような生活を送っているなんて思ってもいなかったな)  そんなことを考えていた時、携帯電話が切符と反対側のポケットの中で振動した。おそらく文からだろう。だがちょうど乗車率二百パーセントの、超満員の山手線がホームにやって来たところだったので、携帯電話を取り出す余裕はなかった。  文は律儀だ。メールは見るまでもない。恐らく「今日はご馳走様」と、お礼のメールなのだろう。ほんとに真面目で、しっかりしていて、気の利く女の子だ。まだ学生なのに、前の会社の部下よりも(今はまだ部下はいない)断然賢くて気が利くと、洲脇はよく思う。文は前の会社時代の取引先のアルバイトだ。その時は挨拶を交わすくらいの仲だったが、三ヶ月程前に、偶然渋谷の街でバッタリ出くわして、そこから自然に距離が近づいた。  文は美人だ。スタイルもいい。痩せているが、バストや腰のラインはモデル並みだ。でも背は小さい。だがそこがまた美人特有の冷ややかな感じを和らげ、可愛らしさや、あどけなさを、印象として与えてくれる。  体には、一度だけ触れた。その裸を一度だけ目にした。何度も思い出してしまう。キレイな体だった。細く引き締まり、それなのに触れると柔らかく、きめの細かい、吸い付くような肌だった。今日も食事をしながら、BARで肩を寄せながら、文の服の中身を、何度となく想像してしまった。手にしているスコッチを飲み干し、今夜迎えたい、いや、大人として迎えるべく夜を思い描いた。もう一度、何度でもその体を思いのままにしたいと、欲求にかられた。  文も当然誘いには応じるだろう。恐らくそういう覚悟も、当然あっただろう。何せ一度実績があったのだ。それに二人の関係はそろそろ、はたから見れば立派な「交際」や「付き合い」と言える。お互いそういったことは一切口にはしないが、これは事実だろう。そしてそれは「不倫」と言われても、言い逃れはできない。  だが今夜はラブ・ホテル代すら洲脇は持ち合わせていなかった。なんの言い訳もない。金がないのだ。気軽に入った、話題のイタリアン・レストランのテーブルに着き、メニューを開いた瞬間に、今夜の予定がただの「お食事」に変わった。もしそこで酒もほとんど飲まず、料理も安くて腹に溜まるようなものだけにしていたら、ホテルで休憩するくらいの金額は捻出できただろう。だがせっかく入った雰囲気のいいレストランで、そんな情けないマネは出来なかった。  だからその店でコース料理を頼み、下から三番目の値段の赤ワインをボトルで飲んだ。  その後は渋谷での逢瀬の時は決まって行く、アイリッシュ・パブで黒ビールとウイスキーを飲んだ。後悔は否めないが、最近は得意先と居酒屋ばかりだったせいか、アヤと行くレストランの料理も、シングル・モルトのウイスキーも、ひとしお旨く感じた。それで自分を納得させた。文だって何度も「美味しい」と言って喜んでいた。だが果たして、本当に彼女が今夜、満足をしていたのかは疑問だ。 ****  文と肌を合わせたのは二ヶ月前。文のアパートで、時間は夜ではなかった。仕事で文の住む街の近くまで行ったのだ。仕事は珍しく直帰だったので、帰りがけに文の部屋に上がってのことだった。  きれいに片付いたワンルームの部屋で、インスタント・コーヒーを飲み、ベッドに並んで腰掛け、他愛ない話をしていた。当然、そうなるまで時間はかからなかった。そしてそれは、とても自然な行為だった。  今日だってホテル代が無いのなら、文のアパートに行けば性的な目的は達成できただろう。だが文の住むアパートは田園都市線で、かなり神奈川県寄りの場所だ。洲脇の家とはまったく反対と言っていい。  正直そんなところまでセックスをするためだけに行くのも、この歳になるとさすがにバカらしい。それに外泊はできない。深刻な夫婦喧嘩の口実を、妻に与えるようなものだ。だからセックスをしても終電を気にして、慌ただしく帰らなければならなかっただろう。どうせなら、ゆっくりと文の体を堪能し、夜を共にしたい。 *****  高田馬場駅で西武線に乗り換える際、洲脇はやっと携帯電話をチェックした。案の定、メールは文からのお礼だった。律儀な娘だ。  頬が緩む思いで携帯電話のモニターを見ながら、ふと電光掲示板を見ると、西武新宿線は洲脇の最寄駅まで行く最後の電車が、そろそろ出発するところだった。これを逃すと三つ手前の駅からタクシーで帰らないとならない。だから洲脇はホームに降りると、慌てて電車に飛び乗った。  洲脇が乗り込むと、電車はすぐ発車した。ぎゅうぎゅうに詰め込まれた車内は、いささか山手線よりはマシだと思いつつ、やはり同様に窮屈な体勢を強いられた。こうして県境にある家まで、大勢の人達と共に運ばれていく。  急行電車が、一つ目の停車駅に差し掛かる頃に、ふと気にかかる事があって、携帯電話を取り出した。胸のポケットから携帯電話を取り出すだけで、隣の中年のオヤジと、後ろにいた若い男に謝らねばならなかった。若い男は、ヒジがぶつかった洲脇の事を、キツイ目つきで睨みつけた。  やっとの思いで文からのメールを読み直した。実はなんとなく、胸に違和感が残っていたのだ。  文からのメールの文章は、いつもよりも淡々としていて、どこか諦めとか、失望のような雰囲気が漂っていた。文は元から絵文字などを使うタイプの女の子ではないが、今夜の文章は、あまりに素っ気なさ過ぎると思った。  洲脇はこれだけで、まるで失恋でもしたかのような、なんとも惨めな気持ちに陥ってしまった。  もちろんそう決め付けるには早い。洲脇がなんとなくネガティブな状態だったり、疲れているせいで、勝手にそう思えるのかもしれない。正直な所はわからないのだ。なにせ歳を重ねるごとに、「女の気持ち」というのは、本来男には分からないものなのだと、格言めいた事を思っているほどだ。だからこういった男女のやりとりにおいて、ましてメールなんていう現代的なツールを用いての駆け引きにおいて、三十過ぎの男が、二十歳そこそこの女の子の気持ちを汲み取れるわけがない。  もし文も自分との関係を切ろうと思っているのなら、それはそれでかまわない。こんなつまらない営業マンと不倫なんかするより、文にはもっとふさわしい男がいると思う。文を幸せにしてくれる男がいるはずだ。それにこちらもこれ以上文との時間を重ねると、引き返せなくなりそうな気もしている。だからこの辺が引き際でいいのかもしれない。今なら、誰も傷つかない。もし傷ついても、その傷はとても浅く済む。  電車は一駅停車するごとに人を吐き出し、少しずつ車内にスペースができていった。洲脇も「ふうっ」と息をつき、楽な姿勢でつり革に掴まった。 『今日は疲れた…』  言葉こそ出さなかったが、そんな気持ちと共に、大きなため息が漏れた。そしてそのまま目を閉じると、立ったまま眠れそうだと思うくらい、芯からの疲労を感じ、ぐったりしていた。  洲脇はウトウトしながらも、電車が駅に止まるたびに、席が空くのを待っていた。座りたかったのだ。そしてようやく空いた斜め前の席に、さっと滑り込むように腰を下ろした。同じようにその席を狙っていたのか、頭の禿げかけた、四十くらいの男に怪訝な顔をされた。もちろん自分の行為がカッコいいものじゃないってことくらい、よく分かっている、だが最寄の駅まではまだ距離がある。できる事なら腰を下ろしたいと思うのも、仕方ないだろう。  自分はもう若くないのかもしれないと、洲脇は今、あらためて思った。そう、そんなに若くない。「一緒にいられれば、それでいい」、もうそんな言葉に納得できるほど、若くはないのだ。  あの頃は、誰かと一緒にいて、バカ騒ぎをしたり、互いの肌を合わせていられれば、確かにそれで良かったかもしれない。守る物など何もなかった。あったのはエネルギーを持て余した肉体と、漠然と広がる未来だけだった。前しか見えなかったし、前だけ見ていればよかったのだ。  今は、毎日仕事に出て、家に帰らなければならない。守るべき、待っている家族がいる。 一昨年に思い切って買った庭付きの新築一戸建て。そこは交通の便は何かと不便だし、妻の両親に頭金をかなり工面してもらったとはいえ、とりあえずは自分の城だ。守るべき自分の城に帰らなければ。  玄関に出迎えに来た妻に「ただいま」と言い、妻が「お帰りなさい」と言う。それからぐっすり眠った娘の寝顔を眺め、頭を撫でよう。そんな当たり前の光景を、洲脇は思い描いた。まあ妻は今夜はもう寝ているだろうが。  洲脇は並んで眠る妻と、娘の寝顔を思い浮かべると、少しだけ頬が緩んだ。帰る場所がある。それはとても大事な事だろうと、半分そう思った。だがもう半分は自分を納得させるための口実だった。  そんなことを考えた頃に、電車は降りるべき駅に辿り着いた。あんなに混んでいた車内も、この辺りまで来るとずい分人がまばらになる。さっき椅子取り合戦を繰り広げた禿げ親父は、まだ座れずに、新聞を片手に、立ったまま眠りかけている。やっぱりさっきはちょっと見苦しかったかなと思いつつ、洲脇は静かに椅子から立ち上がった。  洲脇は駅を出て、閑散としたバス・ロータリーを見渡した。電車を降りるといつも思う。都心とは空気が全然違う。少しひんやりしていて、呼吸も軽く感じる。いい所だ。ただ家まで早歩きでも十八分。バスがあればいいが、終バスは十一時に出てしまう。  いつものように深呼吸をしてから、洲脇は歩き出す。バスもタクシーもいないロータリーを横切る。その時また、ふと文の事を考えてしまった。彼女の住む街にもまた、まったく同じようなバス・ロータリーがあったからだ。  文はもうとっくに家に着いているだろう。そしてシャワーを浴びたり、寝る前に必ずやると言っていたストレッチでもしているのかもしれない。  彼女は若い、だからもう、後ろを振り返らないかもしれない。あの頃の自分のように、前だけ見ているのかもしれない。そう、それでいい。文には未来だけあればいい。  洲脇はどこか達観したような考えを抱きつつも、文の笑顔や、美しい体を思いかべると、またどっと疲労を感じた。情けない気分が蘇りそうになった。  だが下は向かない。後ろを振り返っても、下を見ているわけではない。  自分の顔をピシャリと平手で叩き、「よし、帰るか」と、独り言を言った。すると少し前方を歩く若いOL風の女性が怪訝そうにこちらに振り返った。洲脇は少々声がでかかったと反省し、照れながら、その女性と視線を合わさないようにして歩いた。小銭しか入っていない財布が、尻のポケットの中で揺れている。             完
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