純文学小説投稿サイト jyunbun 投稿小説番号254 『履歴』  二階の仕事場でキーボーを叩いていると、開けっ放しの戸口に息子が立っているのに気づいた。手に何やら紙切れを持っている。 「おかあさんが、おとうさんに書いてもらいなさいって」  差し出された紙をキーボードの上に広げてみると、それは小・中学生を対象とした学習塾の申込書だった。A四版で再生紙が使われているようだ。  記入すべき箇所は、おおむね息子の字で埋まっていた。鉛筆ではなくボールペンによる筆跡である。  現在の学年をたずねる欄には「小学四年」という選択肢がきちんと閉じられた楕円で囲まれているし、住所氏名の欄にもとりあえずは律儀な楷書が並んでいる。息子の手で書かれた保護者氏名の字面を見ていると、思わず口元がほころんでくる。朱肉を付け過ぎた印影が用紙ににじんでいた。 「ここはおとうさんが書くんだって」  息子の示すところに目をやると、そこだけ空欄になっていて、項目には「保護者の職業・勤務先」とある。  なんど見直してみても、保護者の職業・勤務先である。いまどきこんなものを書かせるとは、いったいいつのフォームなのだ、時代錯誤も甚だしい。そういえば、平成に入って十年近くたっても、昭和の元号表記を抹消訂正した用紙を使っていた会社があったなあ。いやあれは調剤薬局だったかね。などと長たらしくかこつけてはいるが、正直困った。  自分の職業がわからないのである。  勤務先がないのはたしかである。定期的に労働と賃金とを交換する契約なら、どこともしていない。会社も上司も他人事である。では、ごくたまに自分の口座に入金してくださるのはどこのお方なのか。と自問するに、それは正しく自分のお客さまである。  要するに、自分はホームページの制作をして生計を立てているのであって、いや実際には立っていないが、今のとこ。しかし、かりに税務署から一円の収入からでも申告すべしと求められれば、自分はこのわずかな収入をも詳らかにしなければならない。それは極めて恥ずかしいことなのである。  会社ではなく従業員もいないから、ウェブサイトの開設やリニューアルに向けての見込み営業やら飛び込み営業、構想・設計・制作・保全などを、すべてひとりで回している。  これをなぜ職業と認めがたいかといえば、受注平均単価に件数を乗じた数値が、必要経費の実額に遠く及ばないというストレートな現実があるからであって、煎じ詰めれば、これで食っていますと、ひと様に申し開きができない有様だからということになる、今のとこ。 「じゃあ書いたら持って降りてきてくれる」  できた息子だ。何が「じゃあ」か。父親の気持ちを察して、かどうかは知らんが、ともかく健康的な足音を響かせて居間へと降りていった。  さて、自分と向き合う時間である。  ──ホームページ制作業。  空欄の注釈には、ごていねいにも「仕事の内容を具体的に」などと、重ねて前時代的な言辞を弄してあるので、自営業などとはせずに、こう書くのが近似値的かつ誠実な回答だとは思うのだが、ともかく鉛筆を用いた。  そうして一分間ほど、息子の手で幾何学的に描かれた自分の名前と、そいつの具体的な仕事の内容を眺めていたわけであるが、どうもこの季節は、蚊がいてよくない。  米粒大のバイオリンを弾いているような羽音を聞かせて、白っぽいベージュ色の内装を背景に、いるようないないような、ほんにお前は屁のような、とはいえ、本物の屁なら血を吸いに来るわけでなし。  もっとも自分には、夏の風物詩よりも飛蚊症の蚊の方がよほど迷惑なのであって、すなわち年を追うごとに該症状が昂進しており、将来網膜剥離の危険があるなどと医者がぬかすので、日ごろ急激な眼球の動きは極力避けている。という端から、脇に置いてある携帯のメール着信を示すLEDが光っていることに気づき、この日この時間のものは今月の請求額のお知らせに違いないと知りつつも、つい横目で見て手を伸ばしてしまう。  自分は逃げているのだという仄かな感覚が胸を走る。  思うところあって、鉛筆書きした件の職業名を消しゴムで消そうとしたのだがうまくゆかず、別のプラ消しを使ってなんとか。さらに鉛筆を取り上げて、薄汚れた欄の真ん中に「内閣総理大臣」とおもむろに書き、さらにそれを携帯のカメラで撮って喜んでいる。  むろん、職業を尋ねられてこう書く人は国内にはもうひとりだけいて、このひとは生命保険に入るとき、告知書にある「具体的な仕事の内容」との質問には、やはり「国政の総覧」などと記入するのだろうか、などと気を揉んでいる。  俺は何をしているのだろう。下の居間では息子が待っている。ニンテンドーDSのボタンを操作しながら。  ──おとうさん何してんだろう。おとうさんの仕事なに? どうしておかあさんは書いてくれないの。  居間から、人ふたり分の気配が伝わってこない。お互い指を絡めて何を語る。職業欄への記入を息を殺して待ちわびる母子……なわけないか。おおかた夕食後の片付けもせずに寝転がっているのだろう。  内閣総理大臣は気に入ったが、やはり自分ではないので、消すことにした。このまま出すわけにはゆかないし、家内もファーストレディーじゃないし。なにより内閣総理大臣では息子が不憫でならない。  その後も、真宗高田派貫首やら京大総長やら、いろいろな肩書きを書いては消し、消しては書きして面白がっていたが、やがて悲しき鵜舟かな、侘しさは、心頭より出でて藍よりも青し。もう夢など語れない。俺弁では通用しない。想定外の酷使に耐えつつも、色といい薄さといい、書き消し書き消しで、将に再生紙の限界に到達せんとするそのひとつ手前で、自分は「小説家」と書き込んでいた。  もうあとがない。これを消したら紙は使命を終える。ゆえに俺は死ぬる。もとより小説家を標榜するのは詐称には当たらない。あなたもわたしも小説家。食えない職業を自称するのと大差ない。どころか小差もない。  ゆえに自分は、すでに文字色か背景色かも判然としない職業記入欄に、それでもかろうじて読める「小説家」という文言を確認してから息子を呼んで用紙を手渡すと、彼の顔も見ずに再びキーボードに向かった。  階下に降りた息子が母親に駆け寄る足音や、ファーストレディーにも普通のおばさんにもなりそこなった家内が冷蔵庫やらフライパンやらに当り散らす音を聞きながら、本物の小説家ならば「これもネタのうち」と北叟笑むのかと思い至り、げに恐ろしきは彼なりと慄然とするばかりであった。
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