純文学小説投稿サイト jyunbun 投稿小説番号252 『抜くか剃るか』 流行りのコンタクトレンズは合わなかったようで、いれてから5日目にレンズを外したら、急に目がむず痒くなって、景色も黒くなって、涙が出て、最後、目があけられなくなった。私はなんとか救急車を呼び、眼科に運び込まれた。 「流行りのレンズとは、あれかね?」 先生がそう言った。 「ええ、バイオレンズです」 「で、どこの病院でいれたんです?」 「それが、私が入れまして」 七日前、弟が家にきて目を見せた。うちの家系はみんな目が悪く、私も弟も子供の頃から眼鏡をしていたのだが、その日、弟は眼鏡をしていなかった。 「いれたんだよ、バイオレンズ」 弟はそういいながら目を大きくひらいて見せた。 「それがさあ、レンズは三千円なのに、病院でいれてもらうのに二十万もかかってさあ、どんな難しい事すんのかなとおもったらさあ、箱からレンズだして、水につけて、先生が入れるだけでさあ、あんなの俺でも出来るよ」 「お前そのさあさあ言うのいいかげん直せよ」 「そんなこといいからさあ、ほれ、目、あけてみ」 弟はそう言いながら箱からレンズをだして、水道水で洗い、私の目にレンズを入れた。 「水道水?」 先生が私にそう聞いた。 「そうです。まずかったですかね?」 目をとじたまま私は答えた。 「あんた、レンズの説明書読んだんですか?必ず病院で入れるよう書いて有ったでしょう?」 「それが、輸入物でして、漢字ばっかりで読めなかったです。その前に目が悪いんで小さい字はちょっと」 「漢字ばっかりってあんた」 いいですか。そう言って先生が説明を始めた。声は若そうだが何せ目が開けられないのでどんな顔で年がいくらくらいなのか全くわからない。 「そもそも、バイオレンズと言うのはその名の通り生きた細胞で出来ておってですね、それを目に入れるとその細胞が目と同化して正常な目になるんですよよ。ところがもともと違う細胞だからケンカする。そこでレンズの方の細胞を一時騙す工程が必要で不活性浸透液に浸けてやる必要があるわけです」 「はあ」 「はあってねえ、あんたはその液の代わりに水道水を使ったんでしょ?」 「はあ」 「活性細胞のまま目に入れるとどうなるか」 「どうなるんです?」 「強烈に代謝する」 「代謝ってなんです?」 「そこは理解できんだろうから良ろしい。普通は目から細胞の同化運動が始まる所、水道水などと無意味なものにつけたから、レンズのほうから目の細胞を取りに行ってしまった、まあ痛いのを我慢すればやがて目になるが、アンタは途中で外してしまったと」 「よくわかりません」 「例えるなら、そうだな」 先生はそう言って少し間をあけた。 「かさぶたを引き剥がす。へその緒を引きちぎる。つめをはぐ、いやこれはちょっと違うか」 「どれも痛いですよね」 「とにかく目から毛がはえてる。そう思えばいい」 「毛、ですか?」 「神経毛と言う。神経に成りかけの毛だな」 「神経?」 「そう、それがあんたの目にはえた」 「本当の毛なんですか?」 「なわけなかろう、毛もどきだ。いや、毛ならまだいいほうだな、この毛もどきは神経だから触ると痛い」 「治るんですか?」 うーん。先生はさっきの二倍くらいの間をあけた。 「抜くか、剃るかだな」 「抜くか剃るか?」 「そう、選ぶのはあんただが究極の選択だよ」 「究極ですか」 「抜けば神経毛は二度と生えてこんが、目に無数の穴があく。目はみえるが万華鏡状態だ。よく言えば昆虫の目みたいになる」 「剃れば?」 「神経根が残るから毎週髭剃りみたいに剃らねばならん。メスで剃るから手元が狂うとアウトだ」 「アウト?」 「いや、その前に痛くて目も開けられんし、剃るときは耐えられん激痛がある」 「麻酔は?」 「毎週、麻酔をうつのかね?そんな事したら目が死ぬ」 「そうですか」 「そうですかって。とにかく今日はそるから目を開けてみなさい」 「それは痛くて無理なんですよね?」 「初回だからな、効く」 先生は注射器で麻酔をするからといいながら目まぶたの周りを手で押さえ始めた。 「どこに打つんですか?」 まさか目玉に打つことはないないだろう、私はそう思いながら聞いた。 「眼球」 先生は「卓球」という感じでそう言い、「端のほうだから気にするな、動くなよ」と言って無理やり右目をこじあけ、よ、と言って針をさした。 「思ったよりひどいな」 針を抜きながら先生はそう言った。 「あんた、こりゃ難儀するよ」 「難儀とは?」 「剛毛だ、いやらしいくらいにびっしりはえてる」 「毛ですか?」 「神経だと言っとるだろう」 そうこうしている内、嘘のように目の痛みはとれ、私は目を開ける事が出来るようになった。 先生は六十くらいで痩せていた。 「先生、目が見えます」 「あたりまえだ」 「いやそうじゃなくて、麻酔中でも目は見えるもんなんですか?」 「見えると痛みは別だからな、当然見える」 おい。そう言うと奥から若い先生が出てきて、メスをもってこいと言われたその先生はしばらくして小さなメスをもってきた。 「さあ、ここへ寝なさい」 「ちょっとまってくださいよ」 私は慌ててそう言った。 「ここで、それで剃るんですか?」 「何か問題あるかね?痛みは感じてないだろう」 「だって私、見えてるんですよ」 「それで?」 「メスを見ながら私、剃られるんですか?」 「怖いのか?」 「当然です」 「一生、目が見えなくなるよりかね?」 「そんな」 「よく考えなさいよ。今、こうしてる間にも神経毛は伸びてるんだ。その内まぶたの裏にくっついて目が外に飛び出すんだぞ」 「嘘でしょう?」 「嘘ならいいが本当だよ」 黒い、毛もどきの影で良く見えないが、先生の顔は冗談を言っているようには見えなかった。 それでも私は最後の抵抗をした。 「もう一度、この上からレンズをつければどうなりますか?目になりませんか?」 「それは最悪の選択だな」 先生はどう剃ろうかと手首をいろんな角度に曲げ、シュミレーションを始めていた。 「結合は一度きりだよ。バイオの話、あんたにわかるかね?」 「わからないです」 「今のあなたの目はもう、人間の目をしとらん。あくまでもバイオレンズの目なんだ、中途半端だがね。レンズにレンズをかさねても目にはならんよ。それが出来たらそこらじゅう目玉だらけになってしまうわ」 わはは。失礼。 先生はそう笑って言って、咳を一つした。 「ただバイオボールというのが有る」 わびのつもりなのか先生はボソリとつぶやいた。 「なんですかそれは」 「抜くのも、剃るのもいやというなら三つめの選択があるということだ」 「あるんですか?」 「ただ三つ目というのはろくなもんじゃないと昔から相場が決まっておる」 「どうするんです?」 「聞きたいか?」 「はい」 「一度、目を取り出す。神経も全部引きぬく。それから一度毛を抜いてバイオレンズに触れておらん細胞だけを細胞活性液に浸ける。五年くらいで核が出来るからそれをあんたの目にもどす。核はあんたの瞼の中で真珠みたいに少しづつ大きく育つ。育ちきるまでは目は見えん。それがバイオボール法というやつだ。ようはレンズの代わりに目玉ごと作っちまえという事だな」 「そんな」 「もちろん目玉が小さい内はぽろぽろ落ちるからガーゼで保護する。感染も防ぐ目的もある。都合十五年から二十年は暗闇の生活だ」 「もういいです」 「だろうな」 僕はおとなしくベッドに横になった。 メスの歯がだんだん近づいてきて、私は思わず目を閉じた。 「こらこら、目をとじるやつがあるか」 おい。先生に呼ばれた若い先生が私に上乗りになり、瞼を無理やりこじあけた。 「絶対に動くなよ、俺は散髪屋じゃないんだからな」 そう言って先生は私の目玉めがけてメスを近づけた。 メスの向こうに先生の顔が見えた。メスは私の目の上を、左から右へ動き始めた。 刃が目の上を走るたび、ジョリジョリと音がして、吐きそうになった。 目にたまった毛を吸引しながら「次は左目いくぞ」と先生は言った。 若い先生は私の左目の瞼を開けた。 「動くなよ、動くなよ」 先生はそう言いながらメスを動かした。 「ウオオ、グワア」 私は叫んだ。 「何だ?」 「痛い、痛い、痛い」 私はベッドの上を転げまわった。 「麻酔を忘れておったわ」 すまんすまん、そう言いながら先生はすぐ麻酔をしてくれて痛みは収まった。 「これが毎週続くんですか?」 私はそう聞いた。 「そういう事だ。だんだん麻酔は効かなくなるが」 先生はそう答え、私を見た。 「ついでだ、一本抜いてやろうか?」 先生は言うと同時に指でひょいと左目の毛をつかみあげた。 プチ。 そんな音がしてすぐ、その場所だけ白い光のモヤが見えた。何人にも見える先生の顔が私をじっと見ていた。 「抜くか剃るか。それとも取るか」 そういいながら先生は紙とペンを私に渡した。 「どれか一つにマルをつけなさい」 私は紙をしばらく見つめて考えたあと、ゆっくりペンを動かした。 「完」
この文章の著作権は、執筆者である ひい さんに帰属します。無断転載等を禁じます。