純文学小説投稿サイト jyunbun 投稿小説番号205
『バラッド』
昨日見た夢の話をしよう。
僕は小さな部屋の中にいて机の前で座っている。
6畳くらいの広さでで壁は白かった。
机の上には小さな二十年くらい前のラジカセがあって、中には一枚のテープが入っていた。
再生のボタンを押してみると
どこの言葉なのかもわからない声が入っていて、バラードを歌っていた。
言葉はわからなかったけれどとてもきれいなメロディだった。
何となくだけどすごく素敵なラブソングを聞いたような気がしたんだ。
テープの中身はその一曲だけであとは何も入っていなかった。
僕がテープを聞き終わってからあたりを見回すとそこには一組の男女が居た。
二人はとても気持ちよさそうに寄り添って眠ってた。
僕はその女の子が好きだった。
よくはわからないけれどとにかく僕は彼女を愛していた。
そしてその隣にいる男は僕の友人だった。
もちろんこれはその夢の中の話だよ。現実の話じゃない。
でもその世界では僕は彼女がどうしようもないほどに愛おしかった。
そして彼女の安心しきった寝顔はひどく僕を傷つけた。
隣にいる僕の友人がこの世の何よりも恨めしく思った。
僕は見ていられなくなって彼女の肩を揺らして起こそうと思ったけれど、僕の手は彼女に触れることはできなかった。それだけじゃない、友人にも一番はじめに座っていた椅子にも触れることができなくなっていた。
ただテープと古ボケたラジカセにだけは触れることができた。
僕はもう一度テープを聞いてみた
すると今度は言葉の意味がわかったんだ
すごく汚い歌だった。綺麗な言葉で取り繕っていたけれど、どこまでも自分勝手な歌だった。そして歌っているのは僕だった。
独りよがりで、情けなくて、変わることのないものが変わることを望んでいる。それも自分に都合のいいように。
僕は繰り返し何度もその歌を聞いたよ
何度も何度も何度も何度も。
気がつくと僕の居た世界は動き始めていた
彼女と友人は眼を覚まして二人で朝食を食べていた。
僕は声を出そうとしたけれど、それもかなわなかった。友人は朝食を食べ終わると家を出て行った。彼女はうれしそうに彼を見送るとすぐに二人分の洗濯物を洗濯機に入れた。
僕は何もできなかった、友人が出て行ったあとに、外に出ようとしたけれど僕は外に足を踏み出すことができなかった。僕の意図しないところで僕の足は止まった。その一線を僕は越えることができなかった。
この後はどうなったと思う?
ずっと続くんだよ。
彼らの毎日を見つめるだけの日々が
夢の中で何年も何十年も・・・
彼らは年をとって・・・友人は死んだ。
老衰だったよ。彼は75歳だった。
十分すぎるほどに幸せな彼の人生は終わった。
その二年後に彼女も彼の後を追った。
最後は彼女たちの子供にみとられて自宅で安らかに死んでいった。
二人が死んだところで、この夢は終わったよ。
その間、ずっとテープは流れ続けてた。
曲が終わるとカチッっと音がして勝手にテープが巻き戻る。
繰り返し、繰り返し
悪夢だったよ、愛おしい人が自分ではない他の誰かと幸せそうに笑っているのを見るのは。僕はずっとそこにいて彼女を見ているのに、彼女の眼には僕は映らない。当り前にそこにあるけれど彼女がそれを知ることはない。
僕の夢の話はこれで終わりだよ。とにかく僕はこの夢のせいで疲れてるんだ。
だから少し休むよ。それに明日は朝から用事があるんだ。とてもおめでたいこと。とても幸せなこと。
彼女が幸せになれるように、僕は精一杯お祝いしなきゃいけない。
だから今夜は休むよ。
頭の中の古ぼけたラジカセから途切れ途切れに汚いバラードが聞こえた。