純文学小説投稿サイト jyunbun 投稿小説番号199
『恋華 ~コイバナ~』
煙草は、嫌い。煙が好きになれないから。
あのもくもくが部屋の中を埋め尽くした時、俺はその場からきっと逃げるようにして立ち去るだろう。
煙草が嫌い。だから、俺は煙草を吸っている人を好きになれない。
近所の優しいおじさんでも、美大出の綺麗なお姉さんでも、煙草を吸っているところを見ると、一瞬にして嫌いになってしまう。
…そんな俺が、よりにもよってあんな人と出会ってしまうとは――――
中学三年生の夏。俺は町内の夏祭りに友達と出かけた。
浴衣姿の女の人。その隣にぴったりとくっついて離れない男の人。
それがクラスメイトだと気付いたのは、数分後のことだった。
「…で、松田は誰が本命だよ」
本当に急だった。それまで別のことに気を取られていた俺こと松田は、友達からの質問に反応せず、無視している形になった。
耳元で叫ばれて、やっと気付いた。
「…へっ?」
「だから、お前に好きなやつとか、いねーの?」
好きなやつ…
俺はちょっと考えた。ちょっとだけね。
頭の中をいろんな女子がめぐるめぐるけど、本命はいなかった。
「あ~…いない」
「なんだ、それ」
「ウソだろ」
「白状しろよ」
何人もの男子達からやいやい言われて、俺は心底戸惑ってしまった。
(うわ、どうしよ)
その場を逃げ出そうと考えた。その瞬間だった。
「ごめ~ん、待った?」
桃色の綺麗な浴衣に身を包んだ、茶髪にピアスという同年代の女子がこっちに来た。
全く知らない女子だったけど、一緒に居た男子の一人、武田が一歩前に出て、
「全然待ってねえよ」
とにこにこしながら答えていた。
武田、中村、北条、石坂とは、昔からの仲だった。
五人でよくいろんなところに行った。ゲームセンター、デパート、遊園地、映画館、ネットカフェ、図書館…本当に、いろんなところ。
(でも、最近は行ってないな…)
中学三年生になって、受験生の自覚が一番最初に出てきたのは、自分だった。
中学二年の三学期から自覚し始めて、勉強に勉強を重ねた俺は、今では学年で一、二番の成績をとるようになっていた。
そのころから、「勉強に集中したい」と言って、四人の誘いを断っていた。
それでも、今回の夏祭りは“息抜き”ということで、半ば強制的に行かされた。
ずっと誘いを断っているから、本当は俺のことを「付き合いの悪い奴だ」と言って嫌いになっても良かったはずなのに…本当に優しい人たちだ。
見てくれは、皆本当に悪いと思うけど。
武田は、なんというか…不良? っぽい。髪は茶髪染め、ピアス開け、眉そり…平気で何でもやるやつだ。対して中村はかなりのガリ勉…に見えるけど、実はただのオタクだったりする。一回こいつの家に行った時、かなりのフィギュア発見したし(ちなみになんでガリ勉にみえるかというと、黒メガネにおかっぱでがりがりに痩せてるから。イメージ偏りすぎ?)。北条は思いっきり暑苦しい。いっつも何かに燃えてる男。本当に暑苦しい。石坂は驚異のナルシスト。自分はなんでもできると思ってるやつ。実際は何にも出来ないことが多いんだけどね(笑)。
…俺? 俺は教室でいっつも本読んでる文系男子。ガリ勉? かなあ…。ちなみに最近はアレックス・ロビラの『Seven Powers』にはまってたりする。『人生の贈り物』も好きだけどね。
「…この子が、文系男子の松田君?」
名前を呼ばれてはっとすると、さっきの女の子が顔を覗き込んできた。
そしてしばらくすると、にっと笑う。
「へぇ、結構可愛い顔してんじゃん。でも、あずちんと合うかなぁ…」
「あずちん?」
意味がわからず首をかしげると、「可愛い~♪」と言われて頭をなでられた。年下扱いされてる気がして、なんだか居心地悪い。
「こら、その子同年代なんだカラ…年下あつかいしないの!」
別の声が聞こえてきて見ると、黒髪にかなりのつけまつげをして、アイラインもいれている女子がいた。こっちも同年代で、青の浴衣を着てる。
「は~い。あ、紹介するね。こちら、牧下あずさ。あずちんって呼んであげてね☆」
「初めましてぇ~♪」
かなり浮かれた挨拶…でも、一応頭はさげる。だから、俺も頭を下げた。
「松田優です…」
「ふ~ん…じゃ、ユウちゃんか…よろしくねっ、ユウちゃん!!」
満面の笑顔を向けられて、俺も笑顔を返した。その時。
「なんか、異色のコンビだけど…ま、やってけそうだな!」と、武田が軽々しく言う。
やっていける…って、何を。
「お前ら、卒業までの間、楽しくラブラブやるんだぞ」
ら、らぶらぶ…ってええ!?
「そ、それはどういう意味かな…」
おそるおそる武田に聞くと、武田は大笑いしながら答えた。
「だから、これから卒業までの間、お前はあずさの彼氏だよ」
「…は?」
一瞬の沈黙が、俺たちの間に流れた。