純文学小説投稿サイト jyunbun 投稿小説番号197 『“空腹”のない少年』 雪が降り積もる冬のある日。 彼は校舎裏で、一人空を見つめていた。 そのうつろな眼にはもう何も映ってなくて。 私が近付いても、彼は何も言わなかった。 「佑希君…」 声をかけると、彼は首をこっちに向けた。 「ああ、君か…」 そうぼそっと呟くと、そのまま目をとじて、その場に崩れ落ちた。 それきり、彼はもう動かなかった――――――― うちのクラスに、まるで存在感のない、空気のような存在の少年がいた。 名前は佑希。いつも本を読んでる。 野村○月さんの“文学少女”ならぬ、“文学少年”だ。 だからといって、別に本をむしゃむしゃ食べるわけでも、本について何かを語りだすわけでもない。 ただ、彼は教えてくれた。一つの悲しい事実を。 「…は?」 「だから、僕はそういう人間なの」 初めて聞いた時、信用してなかった。というか、バカにしていた。 だって、彼は真面目な顔して現実味のないこと言うんだもん。 「僕には、“空腹”という感覚がないんだ」 …って、“人間失格”の葉蔵かぁ! とは言わなかったけれど。 彼曰く、幼い時に二日間絶食していた事があったけれど、何ともなかったそうだ。 でも、嘘だと思った。何度疑っても「本当だ」って言ってくるから、私は言ってやった。 「じゃあ、一週間ご飯食べなくても平気?」 それを言って、彼はそれが証拠になると思ったんだろう。本当に何も食べなくなった。 本人は平気そうにしていた。当たり前だ。私たちが感じる、「お腹すきすぎてお腹痛い」とかないんだから。 水も、飲んでないらしい。だけど、これはヤバイ。 だって、人が七日間も飲まず食わずで生きていけるとは思えない。 それでも、気力なんだろうか。かれは約束の七日目まで生きていた。 七日目は土曜日だった。家に電話してもいないと聞いたので、まさかと思って学校に行った。そしたら… 「ああ、君か…」 最期だった。 彼の死から何日か経ったある日、私は自分の部屋にあった“人間失格”をふと手に取った。読み終わったとき、妙にスッキリしなかったから、前一度読んだだけで、それ以来全く読んでない。 もう一度、ページをめくった。 「…」 やっぱり、読み終わってもダメだった。スッキリしなかった。 それどころか、彼のことを思い出してしまった。 (私があんなこと言わなかったら…) そう考えてみたけれど、もう時間は戻らない。 彼はきっと、いろいろと傷ついていたのだろう。周りと違う感覚を持っていたのだから。 「ごめん…」 私はそうつぶやいた後、“人間失格”を再び本だなに戻した。 
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