純文学小説投稿サイト jyunbun 投稿小説番号184
『星のない夜に』
アパート出ると駐車場があってそのすぐそばに階段がある、短い階段を下りると住宅街の真ん中にぽっかりと小さな空き地がある。
自販機でコーヒーは買った。タバコはまだ何本か残っている。
時間は夜の十時を回った。空き地に人気はない。
僕はポケットから音楽プレイヤーを取り出してイヤホンを耳につける。再生ボタンを押すと数年前に流行して、最近はめっきり名前を聞かなくなったグループバンドの曲が流れる。
空き地に向かう途中の階段に座って、タバコにゆっくりと火をつける。
タバコの煙をゆっくりと吸い込んで肺の隅々まで巡らせて、自分の体が傷ついているのを確認する。
死にたいな
ふとそんな事を考えて、思考を止める。考えた所でそんな事が出来ない事は知っている。仮にできたとしても・・・そう考えてまた思考を止める。
コーヒーのプルタブに指を掛けたまま、ふと空を見上げてみる。残念ながら星は見えなかった。
彼女が僕の元を去ってからどれだけの時間が過ぎただろう。計算すれば二カ月、でもそれよりも遥かに長い時間を過ごした気がする。
四月も半ばに差し掛かったというのにまだ風は冷たい、少し冷たいくらいが心地いい、そう言い聞かせてコーヒーを一口飲んだ。温かいコーヒーは少しずつ僕の体の中で冷たく冷えて行った。
失った物について考えてみる。僕はまだ大学四年、今年で二十二になる。年の割には多くの物を失ってきたんだろうと思う。一つ、二つ、考えればきりがない。
タバコは少しずつ冷たい風を浴びて灰へと変わっていく。
何かを盲目的に信じていた頃の自分にはもう戻れない。
厳然たる事実が常に僕の傍にいる。変わるということは、戻れないということだ。
知るということは、過去の自分との決別だ。僕らは過去の自分を否定することで常に現在の自分を作り出す。果たしてそれは成長と呼べる代物なのだろうか?
そこまで考えた所でまた思考を止める。考えるという行為は非常に危険な行為でもある、明確な答えのないものを追い続けることは、自分の精神を暗い闇の中に落としていく。
二本目のタバコに火を着ける。
風をよけるようにライターの周りを左手で囲む、火を着けると自分の手とタバコが明るく照らし出される。真っ暗な世界の中で浮かびあがる自分の手は異質な物体のように見えた。この世界の全てから切り離されているように。僕の手は異様な存在感を放っていた。
仮定の話をしてみる。仮に僕がこの世界の全てを変えてしまえるだけの力を持っているとして、僕はこの世界の何を変えるだろう。愛の溢れる世界にするだろうか、悲しみのない世界にするだろうか、どちらも下らない理想論だ。昔の自分ならば疑いもせずに美しい世界を作っただろう、だけれど僕は知ってしまった。愛の溢れる世界は際限ない悲しみの世界であることを、悲しみのない世界は幸福のない世界であることを。
人の幸福は人の不幸の上でしか輝かないのならば、幸福は存在すべきなのだろうか。
わからなくなる。僕らはどこへ向かい、どこで消えるのだろう。
煙草の煙はゆっくりと世界にとけ、暗闇の中に消えていった。
冷え切ったコーヒーを口に運ぶ、体が少し震える。
失った物について考える。
空の何処かで
名前も知らない星が
今日も死んだ