純文学小説投稿サイト jyunbun 投稿小説番号163
『小さな天使』
「どうしていつも俺はこうなんだ・・・」
俺は、暗くなってきたグラウンドを見ながら言った。
最近いつもこうだ・・・期末テストでは赤点連発だし、部活では後輩に抜かれる一方。
そして今日は部室で・・・
「倉田先輩、なんか最近イライラしてるよな」
「あの人いっつもじゃねー?たいして上手くないくせに野球部に入るからだろ。はー、自分が上手くないからって俺らにあたられても困るよなー・・・」
「だよな」
「それにしても、城野先輩すごいよな!今日もストライクの嵐。俺、まじ憧れる!しかも部員全員に差し入れとか気が利くよなあ。やっぱエースは格が違うな」
「しかも彼女、超美人らしいぜ」
「まじかよ!いいなあーー」
倉田先輩とはもちろん俺のことで、城野先輩とは俺の親友で野球部のキャプテン。昔っからなんでもできて、俺とは大違いだった。
クソッ。
俺は急にみじめになって涙がこみ上げてきた。
なんでだよ・・・、俺、間違ってたのか?後輩たちの言うとおり野球部になんか入らなかったらよかったのか?毎日誰よりも早く練習に来て、誰よりも遅くまで練習している俺は・・・馬鹿だったのか?
夕日が校舎に隠れて辺りが暗くなる。
あぁ、このまま世界がなくなってしまえばいいのに。
そう思ったときだった。
「あ、倉田君だ!部活はもう終わったの?」
気づくと目の前にポニーテールをした女の子がいた、クラスメイトの加藤紀香だ。
俺は泣き顔を見られた恥ずかしさで思わず目をそらした。
女子に泣き顔まで見られて・・・もう最悪だ・・・
けど、そんなことはおかまいなしに、加藤は明るい口調で言った。
「ねえ倉田君、今からちょっと空いてる?私行きたいところがあるの!」
「空いてるけど・・・もう7時だよ?一体どこに・・・
「いいから!」
そういうと加藤は俺を無理やり立たせ、引っ張っていった。
「ちょ・・・ちょっと!」
「ここって・・・
加藤が連れてきた先は養護学校だった。
「そう!養護学校。私の妹が通ってるの」
そういうと彼女は校舎にの中へ入っていった。
校舎の中は様々な工夫がされていた。階段には丈夫そうな手すりがついているし、エレベーターもある。
「ここはね、寮もあるんだ。自立して生活ができるようになるための訓練として。私の妹はその寮にいるの・・・あ、梨子!」
「お姉ちゃん!来てくれたんだあ!」
梨子と呼ばれた女の子は加藤と目がよく似ていた。その子は車いすに乗っていて、俺に気が付くとニコッと笑っていった。
「あ、お姉ちゃんの彼氏ー?もう、梨子に自慢しにきたのー?」
「違うよ!この人はクラスメイトの倉田君。夜に女の子一人じゃ危険でしょ、あ、じゃあ姉ちゃん学費の支払いしてくるからちょっと待ってて!」
「うん。わかったあ」
「え・・あ、ちょ・・・
またもや加藤は俺を無視していってしまった。女の子は、お姉ちゃんが見えなくなると俺に向き直った。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんの彼氏じゃないのー?」
またそれか。
「ち・・・違うよ!」
声がうわずってしまった。何必死になってんだ、俺。
「なんだー、つまんない!・・・お兄ちゃん、部活とかしてるのー?」
「ま・・まあ、一応・・・野球部だけど・・・」
俺は顔を下に向けながら言った。そして
「特に上手いわけでもないけどね」
と付け足した。
「えー、いいなあ!じゃあお兄ちゃん走れるんだ!」
「う・・・うん、まあ・・・速くはないけど」
俺は後から後悔した。なんて気が利かないんだ、俺は。車いすの女の子に向かって部活の話なんて・・・
すると、その子は自分の足をみながら言った。
「・・・梨子ねー、もう歩くこともできないんだー。梨子が3歳のときにね、お姉ちゃんとお散歩してたの。それでね、梨子、横断歩道にお気に入りのピンクのお帽子落としちゃったの。それをお姉ちゃんが拾おうとしてくれたんだけど、そのときトラックが・・・
女の子は、少し涙目になっていた。
花柄のひざ掛けに涙が一粒一粒落ちて色を変えていく。
「だから、梨子、お姉ちゃんが危ないとおもってお姉ちゃんを突き飛ばしたの・・・そしたら、トラックが梨子の方に来ちゃった。それで、梨子の足がなくなっちゃったの」
それから女の子は、ゆっくりと息を吸った。どうにかして泣くまいとしているようだった。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんのことキライ?お姉ちゃんは、梨子の足がなくなっちゃったこと、自分のせいだって思ってるみたい。梨子のいうこと、なんでも聞いてくれるの。」
俺は、何も言えなかった。ただ、黙ってうなずいていた。
加藤にそんなことがあったなんて想像もしなかった。
「だから、お兄ちゃん、お姉ちゃんを守ってあげてね。梨子はもうすぐ死んじゃうみたいなの。この前、お医者さんとママとパパとお姉ちゃんが話してるの聞いちゃった」
いたずらっ子ぽく笑って見せたその子は、どこにでもいる普通の女の子だった。
どうしてこの子が・・・
「わかった」
俺は泣くのをこらえて言った。
「本当?じゃあ、お約束ね!やぶったら、針千本だからね!あ、それからお兄ちゃん試合とが出るの?梨子、見に行きたいなあ」
「・・・今は、まだ出れないけど、いつか絶対出てみせるから、そのときは梨子ちゃんを招待するよ」
「やったー!じゃあ、待ってるね」
ちょうどそのとき、バタバタ・・・という足音とともに加藤が戻ってきた。
「ごめん、遅くなっちゃった。あれ、二人ともなにしてたの?」
息を切らしながら加藤が言った。
「秘密!じゃあ、そろそろ戻らないと寮長さんに怒られちゃうから、梨子、戻るね!」
「そっか、じゃあまたくるね!」
「うん、バイバイ。お兄ちゃんも!」
俺は、笑いながら手を振った。
女の子は、校舎の壁をまがって消えていった。
養護学校の帰り道、俺は自分の情けなさに無性に腹が立った。
あの子は、自分よりうんと小さいのにあんなに強く生きている・・・それなのに、俺はなんなんだ!たかがこんなことで・・・・そもそも赤点とったのだって、自業自得じゃないか。野球がうまくならないんだったら、その分練習すればいいことじゃないか!
「加藤」
俺は道端に咲いているタンポポを見つめながら言った。
「何?」
「今日は、ありがとな。・・・にしても、どうして俺をここへ連れてきたんだ?」
少ししてから加藤がこたえた。
「・・・ただ、倉田君を連れて来たら、妹が喜びそうだったから。よかったら、また来てくれる?」
「俺でよければ」
そのあと、加藤と別れて自宅に帰った。
次の日から俺は、必死に練習してもちろん勉強もした。
そして、念願のレギュラーを手に入れた。
ちょうどそのころだったかな・・・加藤の妹が死んだことを知った。
あともう少し早くレギュラーになっていたら・・・
俺はその場に立ちつくし、無言で泣いた。
「ごめん、着替えるのに時間かかっちゃった!・・・どう?」
美しいドレスを着た花嫁が新郎に向かって、頬を赤らめながらきいた。
「・・・綺麗だ。本当に」
「よかった。あなたもとっても素敵よ」
「ありがとう・・・じゃあ行くか」
「ええ」
今日は俺と紀香との結婚式だ。
空が青く、風が気持ちいい、たくさんの人が祝福してくれている。
聞こえてくるのは笑い声ばかりだ。きっと、あの子も笑ってくれているのだろう。
梨子ちゃん、君は僕らの天使だ。
本当に・・・ありがとう。