純文学小説投稿サイト jyunbun 投稿小説番号154
『堕天使の尾』
一
怠惰が身に付いた私には、このキーさえ打つのも億劫過ぎて、実に情けないのだ。
その癖、完璧主義な私に小説を書かせてみろ。どんなに素晴らしい素材さえも、全て無駄になる。
悪人になりたい。もっと単純に人を小馬鹿に出来る悪人に。しかし、優しすぎる・・・・其れが私の気質なので、そう容易には他人を見下す事が出来ない。
小説も全て、其れこそ生易しい作品ばかりで、パソコンの画面を見詰ながら一人でめそめそ泣く。泣いて解決できるものか。そんな時は、酒なのだ。パソコンの電源を切って、真先に台所へと向かう。
弱い酒から十パーセントの強い酒まで台所の冷蔵庫には準備してある。こんな悲しい時はやはり、強い酒に限る。私は酒を取り出すと、近くのスーパーで買った安物のコップに酒を注ぎ、ぐいっと飲み干す・・・ああ、美味い。
だが直ぐに小説を書かねばという衝動が心底から湧き起ってくるが、ええい、忘れろよとまた酒をコップに注いで、ぐいっと飲み干す。そして、居間へと向かう。
居間では妻がテレビを見ている。
「小説書けた?」
妻が聞いてくる。
「いや・・・・もう一か月以上・・・・。」
その時、抑えられぬ悲しみが、私の心中から濁流のように私の涙腺を刺激して、涙が目に浮かんだ。
「どうしたの・・・?」
「いや、何でもない。もう一か月以上だろう、書けていない。」
「そうなんだ・・・。」
「下手くそな駄作ばかりで、死にたくなる。」
妻はリモコンの電源を押して、テレビを切る。
二
「何で書けねぇのか分からない。不安だけ。今の俺にあるのは。」
私は妻に愚痴をこぼす。愚痴をこぼされた妻の心情を察すれば、決して気持ちの良いものではない。でも、こぼさずに生きて行くには、人間らしさを失うようなそんな辛さがあって、つい妻に愚痴をこぼしてしまう。
「何で書けないの?」
妻は・・・何も知らないのだな。
「何でって・・・お前だって分かるだろ?」
「え?」
「え、じゃないさ。だから、生きるのが不安だから。」
「ふーん。」
妻は、本当に私の事を何も知らない。酒だけしか頼るものが無い私の事を、もっと嘲って笑ってもいいんだ。それなのに。
「小説書くのやめようかな。」
あ・・・・と私は思った。つい本音が、私の口から出てしまった。
「駄目よ。あなたの生きがいでしょう?」
すると妻は、言った。
「生きがい?」
「そうよ・・・・って言うか、あなたの生きがいだと私は思う。其れを易々と捨てるの?もっと、頑張るぐらいの気持ちになってよ。」
私は酒をぐいっと飲み干すと、
「ああ。」
と、答えた。生きがい・・・・小説が?でも、今の私には、小説よりも酒なんだ、妻よ。
申し訳ない。私は酒の入った缶と、コップを持って、二階に上がった。
三
私が再びパソコンに向かったのは、深夜に入ってからの事であった。
情け容赦ない、小説を書かねばという衝動を私は酒を浴びて如何にか忘れていたが、もう我慢が出来なくなった。私は再びパソコンに向かったのだ。地獄・・・・それ以上に地獄。小説を書く事は苦しい事だ。しかし、ただの文字の羅列に魅力を感じるのは、きっと私が創作をしたい情熱を心底に持っているから。
書こう。どんなに苦しくても。私は此れでも懸命であった。だが・・・・やはり、今日も書けないのが常であった。私は泣いた。三月も中頃を迎えようとしていた。
もうあと少しで四月である。何時までも停滞して先に進めない馬鹿が恐らく私なのだろうと・・・・めそめそと泣き続けた。
四
へらへらと人に笑われる夢を見て私は目覚めた。二十歳の出来事と非常に酷似していた。ああ、最近は悪夢ばかり見るなぁ、しょうがねぇか、と私は起き上がって、電気を点けた。
二日酔いで少々、頭が痛い。其れでも何とか起きた。
死にてぇなぁ、と思った。死ねたら楽だろう、この生きる辛さよりは。しかし、そう簡単に人は死ねるものか。死んでたまるかとも思う。私は一階に下りて、台所で煙草を吸った。
寝起きは煙草に限る。何故か、朝は苦しくて仕方ない。気分が優れない。なので、煙草だ。
マイルドセブンを三本も吸う。でも、ヘビーになると、五本も六本も吸うそうである。
其のうち、妻が起きてくる。髪はボサボサで、すっぴん顔の妻だが、私はこの妻が実は一番好きである。
「よく寝れた?」
妻が聞いてくる。
「眠れない・・・・眠れたか。二日酔いだよ。頭が痛い。」
妻は笑う。
「今日もお酒、買ってくるね。でも、お酒はほどほどに。飲み過ぎは体に良くないわ。」
「そうだな。」
私は煙草の火を消した。
優れなかった気分も徐々に良くなってきた頃、妻は洗濯を始めた。
普段と何も変わらない。此れが、我家の日常風景なのだ。だが、一か月前なら小説を書いていたはずの私は、朝から酒を飲む。
ほどほどに・・・・守れぬ私は子供のままだ。