純文学小説投稿サイト jyunbun 投稿小説番号139 『コンビニのカラマーゾフ』  ありふれたコンビニ、駐車場が広いだけのただのコンビニ。そこに彼女はいた。 客の姿は見えない。彼女の制服の下は真っ黒で統一されている。彼女は黒いマニュキュアを塗った太った手でスマート・フォンをいじくり何かチェックしている。 舌打ちが大きく響いた。 そして客に気付く。 老人がいる。やせて髪が短い。 「結婚してくれ」絞り出すような声で老人が発声する。 「止めてください。オーナー。オーナー」彼女は大声を上げた。 オーナーらしき人が二階から降りてくる。老人はすごすごと引き下がった。彼女はオーナーに礼を言う  ワックスかけておけよ。オーナーは二階に戻る。 こんなのばっか、彼女はワックスかけの機械を、倉庫から引っ張り出してスマート・フォンをもう一度チェックする。どうやら投稿小説サイトをみているようだ。 勝手にご飯、鍛錬場という文字とカラマーゾフという文字を彼女は見る。  カラマーゾフ、彼女の名前だ。  アパート、古ぼけた今にも壊れそうなアパート。カラマーゾフの家だ。 ホワイドウッドさんの感想に丁寧にレスしなくちゃ。 カラマーゾフと黒く書かれた横に黄色く1と光るパソコンのデスプレイ。 彼女は『蘇る勤労』カラマーゾフ著をクリックして画面をスクロールした。 予想通り丁寧な感想が付いている。ホワイドウッドと書かれている。 外に感想は付いていない。これも予想した通りだ。この作品も死んじゃったな。あとは感想数が真っ黒になって流れるだけ。 “ホワイトウッド様 ご感想ありがとうございます……” カラマーゾフは思いを込めて感想を書く。少し首をかしげる。こんなもんかな。 いつからそんなことになったのかわからない。 なんでこうなったのかはわからない。 ブログを書くことにした。 これはカラマーゾフの文章修行だ。まったく別の男のサラリーマンに扮してブログを書いている。 『与太郎日記 ――群像新人賞がやばい―― やばい。やばいよ。やばいよ。何がやばいって群像新人文学賞がやばいよ。 今日久しぶりに群像の新人賞のサイトをのぞいてみた。 そこにはこんな文字が、『ネットで発表した物は落選です』 おいおいおい。俺、『勝手にごはん』で7割さらしちゃったよ。というかさらしちゃまずいのかと思って3割書き変えたんだが。大丈夫かなあ。若気の至りで、『勝手にごはん』で大丈夫みたいなことを2chで見て信じちゃったよ。 何せ俺の文学賞狙いは群像一本、経済学だの簿記だの英語だの勉強しながら、毎日一枚書いてるよ。 うわあああ。自己嫌悪だ……。 今年も駄目か。 まあいいやとりあえず寂しいからブログでも書くか。 まず作家になりたかったら 必読書として「ホームレス作家」松井計を読んでおくことが必要。 あのさあ。ワナビーの諸君。まさかハリポタの作者みたいに人生の大逆転ねらってるでしょ。デモね。たぶん無理。現実は厳しいよお。そう簡単に変わりはしませんて、先ず自分の足元を固めておくことが必要。『ホームレス作家』はいいよお。現実を教えてくれるから。 大体ね。俺小説で金、稼ぐのあきらめた。会社の許可が難しいから。だからね。ボランティア。賞金や印税、みんなユニセフやら赤十字に寄付。そうすれば職も失わないし、不幸な人々のためにはなるし一石二鳥。社長からほめられたりして。まあこれからはボランティア作家の道がクルよ。夏目漱石だって教師やりながら小説書いてたんだから、気にしない気にしない』 ふう、とカラマーゾフはため息をついた。 もーうホームレスにでも本当になりたいなあ。群像なんて高め狙いもいいところだよ。ホームレス体験を書いて……。今もうそんなのやられちゃってるのか。変わりたい。変わりたい。変わりたい。結局今の自分が空っぽだから変わりたいと思っているんだけだよねえ……。ハア。作家になって本当に変われるのかしら? なんで今の自分がこんなに嫌なんだろ?  ハア、ホワイトウッドさんに会いたいな。メール教えてくださいって書こう。 カラマーゾフはホワイトウツドと連絡を取った。何度かメールをやりとりして会うことに決めた。待ち合わせ場所の喫茶店で、精一杯めかし込んできたカラマーゾフ。ホワイトウッドさん。ホワイトウッドさん。ホワイトウッドさん。  でも現れたのはいつものあの老人だった。 「わしがホワイトウッドじゃああ。姉ちゃん」 いやああああ、歩ワイドウッドさん。じゃなくて変態じじい! 「カラーマーゾフだから真っ黒なんじゃろ? コンビニで働いてるのも、いつも書いてるし、すぐぴんと来たよ。やっぱりあんただったか。結婚してくれい」 カラマーゾフはそれには答えず喫茶店を飛び出て走った。肥満体だからすぐ息が切れたけど走りに走った。気がつくとアパートに戻っていた。  書くんだ。このことをネタに書くんだ。あたしにはそれしかないから。リアルは夢。小説も夢。カタカタとパソコンを動かす。 『コンビニのカラマーゾフ ありふれたコンビニ、駐車場が広いだけのただのコンビニ。そこに彼女はいた……。』  そうあたしはコンビニのカラマーゾフ。                                                 了
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