純文学小説投稿サイト jyunbun 投稿小説番号130 『扇風機に割り箸を。』  蝉時雨の止まない夏休みのある午後、僕はタンクトップのシャツに滲んでいく汗を一回も拭うことなく、延々と回り続けるプロペラをじっと見つめていた。それも無表情で、何も考えずにただただ見つめている。いや、眺めているのと一緒だ。ピントが正確にプロペラ部分をとらえているわけではない。  何を思ったか、僕は不意に台所まで走り、引き出しの中にしまってある大量の割り箸の中から一つを選んでさっきの扇風機の前に戻った。そして割り箸を袋から取り出し、ゆっくりと扇風機の方へと近づけていく。  近づけていくごとにその後の惨状を想像するものの、自分の好奇心に勝てないのか、勝手に右腕が扇風機の方へ伸びていく。その腕は冬でもないのに細かく震え、それが徐々に強くなっていくのと比例するように心臓も鼓動を激しくさせ始めた。  ついにプロペラ部と接触した時、木とプラスチックが擦れ合うあの異様な臭いが風と共に鼻を襲ったが、もはや僕を止めるには手遅れだ。震えながらもそのまま割り箸を突っ込んだその瞬間――。  ――割り箸の破片が鋭く頬を襲うまさにその時、僕は割り箸が折れる音を確認する余裕もなかった。残りの割り箸が扇風機の中でカラカラと音を立てながら回り続けているのが収まるその一瞬で、僕は自分の頬から初めて血が流れているのを知った。  なぜこんなことをしてしまったのだろうか。扇風機がただ風を送っていることに飽きたのか、それとも扇風機に割り箸を近づけるとどうなるのかというただの好奇心だったのか、それは定かではない。  ただ、その延々と回り続けているプロペラを、僕はこの期に及んでも無表情で眺めている。頬を小さく切り裂いたあの割り箸のことなど気にすることもなく。
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