純文学小説投稿サイト jyunbun 投稿小説番号115 『16歳の夢。 仏師。』 16歳の夢 彼女と歩くあの夕暮れ。君がちょっと気を許したら、彼女を置いてきぼりにしてしまう。でもあのときにもう一度戻りたいな。そしてこれは僕の夢。 (夢の中) 森石は一五歳、高校一年生だ。また中学校みたいにいじめられなければいいけど。でも杞憂に終わる。ここは少し進学校で、そう言う学校ではないらしい。自由に友達を作ったり、遊んだりできる。最高だ。 廊下を通ってトイレに向かう。急に一人の女の子に目がいく。ほっそりとしたはかなげな女の子だ。視線があった。すぐに恥ずかしくて目をそらす。それからも廊下を歩くたびに彼女に出くわす。視線がちらちらと合う。そのうち彼女は隣のクラスの南條楓だという話を聞いた。学年でもナンバー1の人気。でも誰ともつきあわないのだ。相変わらず良く出会い視線も合う。あるとき声を掛けられる。「良く会うのね」「え……」それから数十秒間、彼らは見つめ合う。 ――俺は君を知っている。俺らはやがて恋に落ちる。 ――あたしは貴方を知っている。あたしたちはやがて恋に落ちる 気がつくと相手の姿は消えている。それからも森石はちらちらと彼女を見る。やがて森石たちは目を覚ます。 (夢の中) 高校二年生になった森石は少し憂うつ、せっかくなじんだクラスがばらばら。友達できるかな? でも、でもその代わり南條楓とおなじクラス、隣の席。 視線をどうしても投げかけてしまう。視線が合う。 「こ、こんにちは」 「良く会うよね」 「そうだね」 「南條さんでいいよね」 「森石君よね」 「なんだか初対面の気がしないな」 「あたしも」 「廊下で良くあったよね」 「あたし笑っちゃった。本当に良く会うんだもん」 「運命の二人だよ」 「何、言ってるのよ。森石君。オヤジ」 「オヤジはないだろう」 「あはは」 「まだ若いよ」 「あたしね、男の子とうまくしゃべれないんだ」 「へえ」 「森石君なら大丈夫みたい」 「そりゃ光栄だな」 「ねえ、これからもしゃべりかけていい?」 「こっちこそ、お願いするよ」 「友達になってくれるかな?」 「もちろん」 (夢の中) 「森石君は何が好きなの?」 「マンガを読むことかな。あと小説なんかも読む」 「へえ、どんなの?」 「ドストエフスキーとか太宰とか」ラノベは敢えて伏せる。 「うわあ、趣味同じだ。マンガは私も好きだよ。少女マンガだけど。音楽は聴かない?」 「聴かないなあ」 「明日、CD持ってきてあげるから聴いてよ」 「うん」 「部活には入らないの?」 「ここの学校の運動部レベル低いけど、それでも俺は無理。一人で走ろうかなって思っている」森石は続かないんだろうなと思う。 「文化部は?」 「トランプで高校生活終わるの、嫌だしさ」 「じゃあギターの練習をしなよ。弾けるようになったら軽音楽部に入って」 「軽音って柄じゃないよ」 「あしたCD聴けば考えが変わるよ」 森石は気乗りもせずに翌日CDを借りて聴いた。ザ・スミスとエコー・アンド・バニーメンだった。特にスミスのギターは森石を魅了した。透明感のあるメロディアスな琴のよう。この音を再現してみたくなった。 次の日学校で楓に言った。 「凄く良かったよ。特にこのジョニー・マーってギタリスト最高だね。音を再現したくなったよ」 「ハイ、これプレゼント」ザ・スミスのバンドスコアだった。「あたしもやったけど挫折しちゃった」楓は照れ笑いしながら言った。 [いやあ、アレは難しいだろう]俺は言った。「でも俺やってみるよ」 「あたしのギター貸してあげる。結構良いES―335ってギターだから」 「何から何まで」 「いや挫折したんでお恥ずかしいな」 「いやありがとう」 森石はギターの基礎練習の本を買って楓からギターを借りて練習しだした。楓が触れていたものだと思うとギターは妙に愛らしかった。 来る日も来る日も指が動かなくなるまで練習した。 (夢の中) 「森石君、あんなに練習して、そんなにジョニー・マーになりたいのかしら?」 寝る前に楓は思った。森石のことを考えると胸が熱くなる。 「それともあたしに良い格好見せたいのかしら。あんなにださいのに」 でも嫌いになれない。むしろ心の奥底で芽生えているのは恋愛感情。 「あたしは森石君のことが好き?」 布団をがばっとかぶった。 恥ずかしかった。 どうしよう。止まらないよ。この気持。 好きだっていったらつきあってくれるかなあ。 断られたらどうしよう。 でもこのままではいたくない。 告白しようか。 彼は振りはしないだろう。 でも怖い。 一方、森石は、俺もようやくジョニー・マーの腕に追いついてきたぜとひとりごちた。 本当はバンドスコアの曲を全部弾きこなせるようになっただけなのだが。 それにしても恋しい南條楓。 好きだと言いたい。 でも彼女はあまりにも魅力的だ。どんな男でもころりだろう。俺とは釣り合わない。 しかし好意を抱かれてるからギターを借りたりしてるんだよな。 だったら大丈夫かも。 いや甘いぞ。 すべてがパーになる可能性がある。踏み出せない。どうすれば良いんだ。この気持は。 (夢の中) 森石は公園で、ミニアンプを使って楓にその練習の成果を聴かせた。 「すごい、うまーい。どうしたの」 (言うんだ。言え、言え) 「君への愛が僕を目覚めさせたよ。毎日走ったし。」 「またオヤジ―」 「いや真剣だよ」森石が言った「南條さん、君が好きだ。君に聴かせるために毎晩努力したよ」 「えー」 「良かったら俺とつきあってほしい」 「それってマジで言ってるの?」 「マジだよ。大まじめだよ」 (エーこんな展開になるとは、思ってもみなかった)楓は思った。公園の木々が揺れている。楓の心も同調して揺れている。 (正直言って、森石君はださいわ。でも男子で一番仲が良いし。何よりやっぱり好きみたい。こんなに好きになったの初めて。もう抑えられない) 「森石聞いて」楓が言った。 「好きな子のためにギター練習してものにしようなんて、オタクの男の子バカみたい。でもあたしもバカなの。あなたのことが好きで好きでたまらないの。そんなあなたの姿を見るのがたまらないの。毎晩寝る前にあなたのこと考えている。もうこの気持ちは抑えられない」 今度は森石が驚いた。(まさか学年で人気ナンバー一の南條さんが、こんなださい俺のことを好きだなんて、信じられないぞ。でも夢じゃない) 「じゃあ、もしかして、もしかして、つきあってくれるの?」 「うん。あたしのほうからお願いしたいくらい」 「俺ビートルズの曲も一曲カヴァーしたんだ」 森石は「アイ・ワナ・ホールド・ユア・ハンド(君と手をつなぎたい)」を歌った。 「森石君、歌、下手」楓が笑った。そしておずおずとさしのべられている森石の手を握った。「でも好きだよ」 彼女と歩くあの夕暮れ。君がちょっと気を許したら、彼女を置いてきぼりにしてしまう。でもあのときにもう一度戻りたいな。そしてこれは僕の夢。                                    了 仏師  戦乱の世、落武者が農民に狩られる度に、自作の仏像を置いていく者がいた。だがその木彫りの仏像があまりにもひょうげていたので、農民はゲラゲラ笑って、仏師を阿呆とあざ笑った  この仏師は禅寺に寝泊まりさせてもらっていて、寺の手伝いを仕事に、空いた時間は仏像を彫った。  だがその仏像はどれも禅僧にすら不評であった。それでも仏師は落武者が狩られると仏像をそっと置いていった。皆はあきれたが頭がおかしいと放っておいた。  数十年過ぎた。仏師は病に倒れ、その症状で気がたかぶったり落ち込んだりした。その苦しみはすさまじく山が崩れる嵐のようであった。だがやがて臨終の間際を迎えると仏師は静かな笑みを浮かべ「ほとけ、ほとけ」とつぶやいた。禅僧はそれを見て「心の中に彫ったな」と言った。仏師は満足して死んだ。                                    了 白      一月二十六日
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