純文学小説投稿サイト jyunbun 投稿小説番号040 『快楽の果て』 『快楽の果て』夜子著  蒸し暑い夜だった。  先に風呂場を出た美里はエアコンの温度をさらに下げると、部屋の明かりを消して、下着姿のままベッドに寝転んだ。すぐそばにある街灯の光がカーテン越しに部屋に入り込むので、壁にかかった四角い時計の針と数字をはっきりと読み取ることができる。もう午前二時を過ぎていた。ふたりでいるとあっという間に時間が経つ。  健吾の歌声がここまで聞こえてくる。美里は浴室から漏れるそのメロディに耳を傾けた。たしか化粧品のCMに使われている曲、よく耳にするが、曲名はわからない。  上野駅で待ち合わせ、渋谷のイタリア料理店で食事をしたあと、健吾の部屋に帰ってきてベッドシーンの多い恋愛映画を見た。エンディングの音楽が流れ始めると、健吾は待っていたかのように唇を重ねてきた。気分が盛り上がったところで一緒に風呂に入った。二ヵ月振りに会ったからか、健吾は美里の耳の裏から足の爪先までを、丁寧に若干の愛撫を込めながら洗った。そのうち我慢できなくなったみたいで、美里の薄い陰毛を銜えて軽く引っ張ると、上目遣いでニヤッと笑った。 「……やだぁ」と声を上げながらも、美里は促されるまま湯船の縁に右足を載せて股を開いた。彼の舌が性器のすぐそばを這い出すと、直接触れていないのに、これだけで落ちてしまいそうになる。 「……だめ、イッちゃう……」  快感が身体の芯をとらえる前に、美里は健吾の頭頂部に両手を置いて、自分の性器から引き離した。 「ベッドでしよう……」  そう言い残して先に上がってきたのだ。  風呂場の扉が開く音が聞こえた。間もなくドライヤーが唸る。身体が冷えてきたので、美里は健吾の匂いが染みついたタオルケットを肩まで被った。 「いやぁ。あちい、あちい」  少し経って、健吾がボクサーパンツ一枚で現れた。冷蔵庫から何か出して飲んでいる。 「今日のお店、おいしかったね」 「ああ。うまかった。課長に聞いといてよかったよ」 「雰囲気もいいし、また行こう」 「そうだな」  健吾は流しに寄りかかりながら喋っている。がっしりとした体格、その輪郭が薄闇に浮き上がって見える。美里は健吾の背中の厚みが大好きだった。 「早くきて……」  タオルケットを口許まで引き上げ、美里はつぶやいた。小声で言ったはずなのに、その声が妙に部屋に響く。  健吾は美里よりもふたつ年上の二十七歳だった。仙台の私立大学に通っていたふたりは同じ文学部で、先輩後輩という間柄であった。そのふたりの関係が恋に発展したのは、美里が大学を卒業してからである。地元の印刷会社で働き始めて二年が経ったころ、すでに大手の製薬会社で働いていた健吾と仙台駅でばったり会ったのだ。訊くと、今もまだ仙台でひとり暮らしをしているという。美里は仙台市内で両親と一緒に暮らしているが、健吾は北茨城の出身だった。  お互い付き合っている相手もいないということで、近くの居酒屋で飲んだ。話は盛り上がり、「実は私、健吾さんのことかっこいいなぁって思ってたんです」と美里が告げると、「それ、ほんと? 俺、美里ちゃんのこと好きだったんだよ」と健吾が笑顔で返し、ふたりの交際が始まった。しかし今年の四月、健吾が東京支店へ転勤となったのだ。  健吾が意味ありげな笑みを浮かべながら、タオルケットのなかに入ってくる。美里はベッドの端に身体を寄せて、彼を受け入れた。首に腕を回され、大きな手が腰のあたりに置かれる。  健吾は美里の身体を覆うようにして、ゆっくりと顔を近づけてきた。すぐには唇を合わせずに、愛しい動物にでもするかのようにおでことおでこを擦り合わせ、首筋を軽く舐めてからキスをしてくる。重なり合った唇の隙間から、「あぁ……」と美里の吐息が洩れる。「久し振りだな」と健吾が囁くと、「……会いたかった」と美里も応える。舌が絡まり出すと、美里は健吾の背中に手を回して引き寄せた。健吾の全てが欲しいと美里は思う。そして、めちゃくちゃにされたいと願う。  しかし健吾はその勢いを断ち切った。 「……雨降ってきたのか」  そう言ってカーテンのほうを見る。窓をたたく雨音など、美里にはどうでもよかった。 「そうみたい」  生返事をすると、美里は我慢できずに今度は自分からキスをする。そんな美里を健吾は邪険に扱うことはない。むしろその熱を冷ますかのように、そっと静かに抱きしめてくれる。背中を滑る健吾の右手はまだブラジャーを外すことはなく、もう片方の手も、すでに熱くなった美里の奥深い場所へと伸びることはなかった。 「淋しかったか?」  長いキスのあとで、健吾は額にかかった美里の髪を指で掻きあげた。ここでまた中断する。こうやって健吾はいつも美里をじらす。  健吾が東京に行ってから、遠距離恋愛が始まった。淋しくて、四月は毎週のように会っていた。五月のゴールデンウイークは川崎の健吾のアパートで過ごした。しかし六月、イベント関係の印刷物の注文が立て込んでしまい、美里は仙台を離れることができなかった。健吾のほうも仕事が忙しく、やっと七月の終わりになってふたりの休みが合ったのだ。 「会わないあいだ、ひとりでしたのか?」 「……すぐそういうこと聞くんだから」 「どっちなんだ?」  知りたくてどう仕様もないといったふうに健吾は耳元で囁き、美里の太腿の内側を撫でた。 「……した」  観念して美里がつぶやくと、健吾の指がすっとアソコに触れる。レースの下着の上を健吾の指の腹が滑る。濡れていくのが自分でもわかった。 「ここ、ひとりで触ったのか?」  その質問に、美里は目を開けて小さくうなずいた。 「パンツまで濡れてるぞ……」  健吾は触りながら話すことを好んだ。感じている美里の反応を楽しむかのように、何か厭らしい言葉を囁きながら徐々に攻めてくる。  健吾がようやくブラジャーのホックに手をかけてくる。左手だけで器用に外すと、適当に床へと放った。そのあいだも彼の右手は、まるで別の生き物のように動きを止めることはない。下着の脇から直に性器に触れてくる。 「……ああっ」  思わず声が出た。ぐっと身体が沈むような感覚が続き、美里の息はしだいに荒くなっていく。美里は無意識のうちに、健吾の硬くなった性器を貪っていた。 「どこ触られてるか、わかるか?」  大きくなった美里の濡れた突起を、健吾は指でこりこりいじっている。声を押し殺し、目を瞑ったまま黙っていると、「ほら、言ってみろ」とさらに詰め寄ってくる。 「……クリトリス」  そうこたえた直後、健吾の指の動きが速くなった。快楽に埋もれ、美里はもう健吾の性器をまさぐることができなくなる。 「あっ、きもちいぃ……」  頭がぼんやりとしてきた。声が掠れ、美里の顔はさらに歪む。 「おまえの、その顔だけでイケるよ」  健吾はそう言いながら、美里の乳房に顔を埋めて乳首を口に含んだ。転がすようにゆっくりと舌でいたぶられる。いつのまにかレースのパンツは取り除かれており、彼の左手が尻の下を通って性器へと伸びてくる。指が入ってくるのを美里は感じた。 「ここも好きなんだろ」 「……そう、好き……」  意識して言ったのではなく、口から勝手に出てきたという感じだった。  健吾の左手がピストン運動を始める。右手の指は凝りをほぐすような動きでクリトリスを撫でている。 「あぁ~ん。なんか出ちゃいそう……」  美里は健吾の背中に爪を立てた。 「いいぞ、出しちゃえ」 「……あぁ……ほんとに出ちゃう……」  身体全体が溶け崩れてしまいそうだった。そのあと何かが噴き出したのがわかった。  健吾が何か言っている。頭が朦朧としてしばらく動けなかった。 「なぁ、美里。……すごいぞ。ちょっと見てみろって」  尻の辺りに水気を感じ、美里はゆっくりと上半身を起こした。 「ほら、これ」  健吾がシーツをパンパンと叩いてみせる。美里も触ってみた。 「ちょっと、やだぁ……」  バケツの水でもこぼしたかのように、シーツがびしょびしょに濡れていた。 「匂い嗅いでみたけど、小便じゃないな」  健吾が平然とした顔で言う。美里は恥ずかしくなって何も返せなかった。この液体が自分の身体から放出されたこと自体、まだ信じられなかった。 「すごい雨だね……」  健吾の腕に抱かれながら、美里はつぶやいた。尻にはバスタオルが敷かれている。窓をたたく雨音は衰えることはなかった。 「前に小説書こうかなって言ってたけど、どうなったんだ?」  美里の長い髪を撫でながら、健吾が訊いてきた。 「何もしてない」 「今、ひらめいたんだけど、くじらになった日っていうのはどうかな」 「くじら?」 「おまえ、今日くじらになっただろ」 「わたしがくじらに?」 「ああ。くじら。わからねえのか?」 「うん。わかんない」 「じゃ、もう一回くじらにしてやるよ」  健吾はそう言って、美里の性器を舐め始めた。 「ちょっと待って……。教えてよ」  健吾はこたえず、頭を上下に動かしながら美里の性器を舐めまわす。時折強弱をつけて吸いつき、性器の回りへの愛撫も忘れない。 「最高だな、美里……」  健吾の指が入ってくる。気づくと美里は、自分の腰をわずかに浮かしていた。  また何かが出そうになる。気持ち良さに負けて、くじらのことなどどうでもよくなった。                                                                                           (了)
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